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短編集
風になりたい
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、もう微塵足りとも残っていなかった。やりたいことが、見つかったのだ。この無風の病院で、やりたいことを。スリッパを履きなおして立ち上がる。窓際に歩いて行って、外をもう一度眺めた。蒼海、蒼穹、入道雲、海猫、強い太陽。なんてお誂え向き!
「〜〜♪」
 自然と鼻歌が出てきた。何年も前のヒット曲で、私はこの曲のサビが好きだったのだ。
 数少ない私物から、ヘヤピンと手鏡を取り出した。長くなって少しばかり鬱陶しい前髪を、ヘアピンを使い右で抑える。そうして小さな手鏡できちんと整える。肌は、夏だというのに日に焼けていないからいいけど、もうちょっと唇に紅が欲しい。だが、生憎口紅は手持ちになかったので諦めた。手鏡で自分の姿を確認すると、黒く長い髪の毛と、病的に白い肌が際立った、モノクロの人になってしまっていた。これはいけないと思い、窓際に置かれていた花瓶から枯れかけた花を一輪失敬しヘアピンと一緒につけた。もう一度手鏡で確認。うん、中々いい。
 お気に入りの服とか色々考えたけど、やめた。やっぱりこういうのは、下手に飾りすぎないのがいいと思うのだ。あくまで自然に。そうして、髪につけた一輪の花がアクセントになればいい。
 病室のドアを開け放った、いつもはこの白い廊下に嫌気が指すけれど、今はこの何者にも染められない白が心地良く感じた。一年を過ごした病院、構造はわかっていたから、階段を直ぐ様見つけて登りはじめた。だが、そこでちょっとした誤算。屋上に続くドアが閉まっていたのだ。まぁ、考えてみれば当然か。
 だがしかし、この程度で諦められるほど、胸の高鳴りは小さくはなかった。登ってきた階段を降りて、一階へ。
 受付の女性に軽く挨拶をして、玄関から外に出た。受付の彼女は、私が散歩に行くと思っているらしい。けど、違うのだ。風に、風になりたいのだ。
 玄関を出て裏手に回り、フェンスを乗り越えて外付けの非常階段に入り込んだ。病院内からでも入れるけれど、人目が多いので、見られたりしたら大変だ。
 早速非常階段を登り始める。先ほどの階段の昇り降りから連続してなので、鈍りに鈍った私の体はすぐにへこたれる。それに、院内と違って蒸し暑く、そうして予想していたとおりにつくつく法師の声がした。―――嗚呼、なんて素晴らしい!―――夏が、私を祝福してくれるようだ。置いてけぼりにされるモノ同士、仲良くしよう。
 なんとか非常階段を登り切って、またフェンスを超える。ここは、病院の屋上。そうして、私の目的地だった。屋上には白い洗濯物が沢山干されていた。その中に歩み入る。その瞬間、一陣の風が私を包み、駆け抜けて、洗濯物を揺らした。髪を荒れぬように抑える。最高に、この風が気持ちいい。
 フェンスまで駆け寄って、それにより抱るように空を仰ぎ見た。フェンスを掴もうと思ったが、ペンキの剥がれたフェンスは、太陽光で
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