暁 〜小説投稿サイト〜
短編集
風になりたい
[1/3]

前書き [1] 最後 [2]次話
 誰かが、私のことを呼んだ気がする。

                ◇

 この病院で過ごすようになってもう一年が経つ。そんなことを不図考えた。いつも通りの、建設的では全くない思考の一環。どうせ病院からでることも滅多に無いのだ。非生産的であってもバチは当たるまい。病院内っていうものは、まぁ、周知のことだろうけど、暇。だからちょっとでもそれが潰せそうなことを思いついたら、それを真剣に考え出してしまう癖がついてしまっていた。
 私がこのベッドで過ごすようになって、一年。まだ成人を迎えていない私にとって、一年は非常に長い。そう考えればこのベッドも、この天井も慣れ親しんだものだった。床も、そして、この窓から覗く港にも。窓の外を眺める。あの日以降、壊れてしまった港は日々着実に修復されていっている。ここから望む、ある意味退屈と言っても過言でないその風景に戻っていく様は、何故か心の中が落ち着いた。
 もうふた月も切っていない髪の毛を、左手で一房、くるりと巻いた。そろそろ切らないといけない。一応、私だって女なのだ。綺麗な髪でいたいのは、おかしいことじゃない。
「はぁ……」
 ため息を吐いて、ベッドに腰掛けた。もう、彼とは何日も会っていない。病院から一歩も出なくなってから、もう随分と経つのか、なんて、一寸思い返した。
 窓から覗く風景は、蒼い空を映し出していた。近くに見える入道雲、そうして、白い点に今は見える海猫。外に出ればつくつく法師の声も聞こえるだろう。もう、夏も終わる。激動の初夏を終え、夏に入り、そうして次の季節へ。
 いや、違う。夏は過ぎ去るのだ。人は前に進む。もう夏は過ぎる。進む先には秋がある。
 そこでまた不図思う。夏は、何かに似ている。ちょっと考えて、それをすぐに理解した。
「嗚呼、そうか」
 私だ。いつだって蚊帳の外の私。置いてけぼりの私。そうして、時間に置いていかれる夏。そう思うと、夏という季節に親近感が湧いた。
 暫し、無言の時間を過ごす。耳に入る音は、空調の僅かなモーター音だけだった。


 そのまま、半刻程が経っただろうか。思考は未だに、非生産的で無意味なことを考えていた。例えばそう、一体この暮らしはいつまで続くのかとか、彼に私は負担にしかなっていないんじゃないかとか、ここから望む、“俯瞰の先の、遠い彼と彼女”に、私の手は届くことはあるのかと。
「あ」
 “魅入られた"
 頭の隅っこで理解する。発想がころりと変わる瞬間。ある節目を、超えては行けないラインを跨いでしまった感覚。恐らくは人生に一度、あるかないかの体験。
 生物としての最大の禁忌、それを今私は、現状からの逃亡ではなく、前向きな選択肢として受け入れていた。これを、他の人達は“魅入られた”と言うのだろう。
 胸が高鳴った。先ほどまでの陰鬱な気持ちは
前書き [1] 最後 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ