第百三十五話 退きの戦その八
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「それでも来られるわ」
「では槍ですな」
「槍も使いそのうえで」
「浅井殿を止めますか」
「そうせよ」
羽柴は既に槍も用意させた、織田家のあの長槍をだ。
鉄砲でも怯まない相手だからこそこの二つも用意させる、そして突っ込んで来た浅井家の軍勢に対しって。
弓矢を放たたせる、弓兵達は羽柴の命通り狙うことはせずそのうえで矢をどんどんつがえ放つ、それでだった。
浅井の兵達は次々に弓矢を受けて倒れていく。紺色の軍勢は数を減らしてはいった。
だがそれでもだ、やはり長政は自ら槍を軍配代わりにして言うのだ。
「まだだ!」
「はい、まだですな!」
「ここは!」
「朝倉殿の軍勢も来られている!」
見ればその通りだった、朝倉の二万の大軍も再び来ていた。
「共に攻めるぞ!」
「おお、あれだけの味方がいれば」
「心強いですな」
足軽達も彼等の姿を見て励まされる、それは顔にも出ていた。
「ではこのまま怯まずに」
「攻めましょう」
「そういうことじゃ」
こう言ってそしてだった、今も立ち止まらない長政だった。
馬に乗ったまま勢いを止めず一直線に突き進む、そこに浅井の者達だけでなく朝倉の者達も続くのだった。
三万の大軍が羽柴達の前に来た、秀長はその彼等を見て兄に問うた。
「兄上、ここは」
「そのままじゃ」
こう答える羽柴だった。
「攻めるぞ」
「前には出ないですか」
「幾ら何でも前に出る退きはないわ」
羽柴は秀長に笑って返した。
「わしも考えたことはない」
「ではここは」
「これまで通りじゃ、一旦止まってもじゃ」
それでもだというのだ。
「敵を退けてそうしてじゃ」
「下がりますな」
「生きる為にな」
そうするといってだ、そしてだった。
控える加藤達にもだ、普段と変わらぬ陽気な猿顔で告げた。
「ではよいな」
「はい、それでは」
「今より」
「鉄砲や弓矢だけでは止まらぬわ、今度はな」
「長槍をどれだけ立ててもですな」
「それでも」
「敵の数がこれまでとは違う」
朝倉と浅井が同時に来るのだ、それではだ。
「三万、対する我等は三千」
「兵の数も違いまするな」
池田が応える。
「十倍です」
「そうじゃ、十倍の敵となるとまさに雲霞の如くよ」
「ははは、武勲の挙げどころです」
池田は豪胆にも顔を大きく開けて笑ってみせた、小柄な身体も大きく揺れる。
「さすれば暴れてみせましょうぞ」
「勝三郎殿も楽しみにしておるぞ」
「兄上にはいつも何かと見本を見せられてそれがしもと思っておりました」
自慢の兄である、しかし何時までも自慢の兄の後ろをついていくだけではないというのだ、池田が言うのはこのことだった。
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