第百三十五話 退きの戦その六
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「義兄上は」
「まさか、その様な」
「有り得ぬと申すか」
「本軍がなければ誰がその身を守るのでしょうか」
家臣の一人が長政に対して問うてきた。
「それでは」
「出来ぬというのだな」
「はい、そうです」
これは常識から考えることだ、将を守るのは軍だ、その軍と共に逃げることが兵法の常道なのである。これはどの者でもそうする。
「その通りです」
「普通に考えればそうじゃ」
「普通にですか」
「そうじゃ、義兄上はこれまで普通でないことをおおくされているな」
「確かに。言われてみれば」
「そうじゃ、普通はな」
長政の目に青い軍勢がはっきりと見えて来た、目指す織田家の後詰である。
その彼等を見てそしてなのだ。
「後詰も頑張る、その間にじゃ」
「都までですか」
「本軍から離れて」
「常道ではそうじゃ、だが」
しかし今の信長はどうなのか、長政は言うのだ。
「織田家の軍勢は義兄上さえおられれば何度でも立ち直るわ」
「何度でもですか」
「幾ら敗れても」
「そうじゃ、その代わり義兄上がいなくなれば終わりじゃ」
織田家は今は信長の強烈な個性を中心として成り立っている、彼を日論として多くの者が集っているのだ。
その彼がいなくなれば織田家もだというのだ。
「だからじゃ」
「今はですか」
「本軍から離れていち早くですか」
「この戦は義兄上が生きておられれば我等の負けじゃ」
それでだというのだ。
「後詰も我等がこうして攻めておる。破る為にな」
「そして破らればですか」
「その後は本軍ですな」
「そこで本軍におられればどうなるか」
言うのはこのことだった。
「そういうことじゃ」
「ではまさか」
「今右大臣殿は」
「既に本軍より先に退かれておるやもな」
確証はない、だがもしかしたらというのだ。
「そうやも知れぬ」
「ではまさか」
「後詰を破っても」
「本軍は十万以上、しかもあれだけの将帥の方々がおられます」
「勝ってもですな」
「本軍から先に行くことは出来ぬ」
それは到底だというのだ、長政は織田家の後詰を見据えたまま険しい顔で言う。
「とてもな」
「ではこの戦、我等は既に」
「敗れていますか」
「そうやも知れぬ」
また言うのだった。
「そうであればな」
「まさかそこまでとは思いますが」
「それでも右大臣殿は侮れませぬか」
「伊達に瞬く間にあそこまでの大身になられた訳ではない」
「では右大臣殿を追いましょう」
「何としても」
「出来ればよいがな」
長政は今の唯一の勝ちを手に入れる方法についてかなり懐疑的に述べた。
「果たしてどうか」
「その為に今からですが」
「相手の後詰を」
「言っていても仕方がない」
それで話が進むものではない、長政も
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