ほぐす
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「はぁ……」
小さからぬ吐息に、アントン・フェルナー准将はコンピュータ端末から顔を上げた。
ところは軍務尚書の執務室、在室者は自分と上官パウル・フォン・オーベルシュタイン元帥の2名だけであった。かっちりと嵌め込まているはずの窓ガラスから、外の冷気が忍び込んでくるような12月の初旬である。
思わず覗き込んだ上官の横顔は、常と違わぬ青白く情緒というものを感じさせない冷たさを保持していた。おそらく無意識に漏らした溜息であったのだろう。オーベルシュタインの方は手元の書類に視線を落したままであった。
フェルナー自身も端末へと注意を戻しかけてから、それでも釈然としないものを感じて、しばらく無機的な文字列を眺めた。
この上官の溜息など、フェルナーが小うるさく詰め寄った際に、呆れて溢すもの以外耳にしたことがない。それほど彼の上官は、自身の気分や機嫌を表すことのない人物であった。それが無意識にとは、よもや体調でも崩しているのではあるまいか。日ごろの激務を顧みるにつけ、良からぬ懸念は増すばかりだった。
改めて今一度上官を観察すると、険しい表情はいつもと変わらなかったが、眉間の皺が心もち深いように感じられた。
「……っふぅ」
パサリと書類を置いて、オーベルシュタインは顔を上げた。息を深く吸い込んで思い切り吐き出す姿は、まるで不快な全てのものを体内から追い出そうとしているかのように見えた。
「お疲れですか、閣下」
ゆっくりと肩を回すオーベルシュタインへ、フェルナーが気遣わしげに問いかける。オーベルシュタインは再度息を吐いてから、部下の方へと目をやった。無機物ゆえに冷ややかな印象を助長する両の義眼が、癖のある銀髪の部下の端正な顔を捉えた。
「いや、疲れてはおらぬが、どうにも肩が強張ってな。気になって仕事が手につかぬとは、吾ながら情けない」
自嘲気味に笑って、首をぐるりと回す。フェルナーは上官のデスクの前まで立って行くと、正面から上官の動きを見た後に、その右脇へと回った。オーベルシュタインが僅かに怪訝そうな表情をした。
「肩を回されるなら、右手を右肩に左手を左肩に添えて、腕を肩と同じ高さに構えた状態で回すのが効果的ですよ。肩甲骨からしっかりと動きます」
「ほう……」
言われるままに体を動かす上官へ、にこりと笑みを浮かべて肘を支えてやる。
「いかがですか?」
3回ほど回したところで腕を下ろさせると、フェルナーは上官の顔を覗いた。
「ああ、なかなか良い助言だった。腕を下ろしたまま回すよりも可動範囲が増えて気持ちが良いな」
ええ、と肯きながら、今度は上官の右肩に手をやる。
「もうひとつ、効果的なストレッチです。右肩を竦めるように上げてみて下さい。……そうです。そのまま、顔は左下に向けます。そのまま右肘を曲げて、ぐーっと後ろへ突き出します。ゆっくりですよ
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