第一章〜囚われの少女〜
第六幕『少女の名』
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えば、いくらでも逃げられるだろう。相手は小柄な女。しかも、自分より幼いかもしれない――しかし、逃げようという欲など少女は持ち合わせていなかった。
「誕生祝い……これはどういう皮肉なのかしらね?」少女は言いつつ、そのケーキを傍らの小さなフォークですくいあげる。
口に入れた瞬間――甘い。ひんやりとしたクリームと、ふわふわの生地。少女にはこの触感は予想外の衝撃だった。
「なんて不思議な味なのかしら……」
“ケーキ”は最後に食べることに。それから普段は食べられない、ローストチキンを上品にナイフで切り取り口に含んだ――またしても口の中に広がり、ゆっくりとはじけていく衝撃。
「私の憎むべき人たちは、いつもこんなのを食べているの!?」これはその人からのおこぼれなのかしら……と一人つぶやいた。
食事の時間はあっという間に過ぎ、時間はお腹が落ち着く頃になった。備え付けのランプに灯った火が消えるまで、時間もあとわずか。夕食と共にそのランプは運ばれ、その火が消えるとともに1日が終わる――少女の夜の始まりである。
そして今日は最後の夜。何故だかわからないが、今日は胸騒ぎがする。明日を迎えるにあたって、やはり動揺しているというのだろうか。
そんな風に思いを巡られていると、ドアの向こうに何やら人の声がした。
(……誰?)少女は壁に近づき聞き耳を立てる。
「……気づかれないよう時間を稼いでおります。……様も速やかに、ご自分のお部屋へお戻りになりますよう」
何を言っているのかははっきり聞き取れなかったが、ランプの火が見える事から誰かがいるのは確かだった。しかも、一人ではない。しかし一人はすぐにその場からいなくなった。
しばらく様子をうかがっていると、小窓から人影が見えた。
「誰!?」
向こう側から、得体のしれない何かが来るような気がして、こちらから警戒心を露わにした。人影は一瞬びくっとするが、やがて赤いフードに替わる。大きな瞳だけがこちらを覗いてきた。どちらにも怯えの色が見えるなか、二人は声なくにらみ合う。
その目の位置からすると、自分と同じくらいの背をした人物らしい。相手の様子は、少しおどおどとしたような、震えているかのような、そんな風に見て取れる。
「あなたは……誰なの?」
いきなり現れた謎の人物に、名前を聞かれるとは、なんだかおかしな気分だ。どうやら向こうは何も知らないらしい。警戒するには値しない。
「私の名前は――」こちらの方から告げる。「もう、必要のない名前だけど」
少女の赤い瞳は、ただ、真っ直ぐだった。
「――レナ。私の名前は、レナ・オレリア――」
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