十三話 「依月」
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か。何故自分は反応できなかった。何故母親は悲しんでいる。
そして思ってしまった。
「依月」とは彼らの息子だったはずだ。
何故自分がそこにのうのうと居るのだ。
男の存在は間違いなく異質なものだ。本来なら、普通なら存在するはずがないもの。
ならば“普通なら”いたはずの、生まれるはずだった「依月」はどこにいったのだ。
浮かんだ過程は二つ。
男は、生まれるはずだった「依月」の場所を奪いすり替わった。
男は、何の問題もなく、男が生まれるもの器としてその子供は作られた。
後者ならば問題はない。だが前者ならば男は「依月」を殺しその場所を奪い取ったことになる。
そして自分が生まれるための器があったなど、そんな都合のいい妄想を信じられるほど男の頭は都合よくできていなかった。
男は、生まれるはずだった「依月」を乗っ取り自分がいるのだと、そう気づいた。
もっとも残酷な行為は何か。
かつてなら殺人だとか、その辺りを答えただろう。だが今ならば「存在を奪う」ことだと男は確信を持って叫べる。
ただ殺されたのならば不幸だが、悲しんでもらえる。友人知人親族の心に残り、その人がいたのだと覚えてもらえる。今まで歩んできた、刻んできた痕が残る。
だが存在を奪われるのは違う。積み重ねてきた、培ってきた、築いてきた全てを奪われる。自分の人生が他人のものとされ、それを誰にも気づかれず認められず知られぬまま朽ち果てる。生きてきた全てを塵芥と無塵にされる。
生まれるはずだった誰かの場所を奪うというのはただ殺すだけではない。その人が得るはずだった、与えられるはずだった、「その人の為の物」を全て奪うということ。
夫婦がその愛を与えたかったのは、自分たちの愛で出来た無垢な赤ん坊だったはずだ。確かな自我を確立し、記憶を持って生まれた化物ではないはずなのだ。
夫婦は気づくことなどできないだろう。望んでいた子供は挿げ替えられたことを。その子供が過去の記憶から、夫婦のことを親だと思いきれていないことを。子供から親だと思われない、そんな事態が起きていることを。
子育ての機会を奪われ、子を奪われ、愛を奪われ、そして名を奪われ。それでも夫婦はそれに気づかず「依月」に注ぐはずだった愛を男に注いでくれた。
その事態に気づき、男は愕然とした。止めればよかったのにその思考は止まらなかった。自分が気づかぬうちにしていた罪を、奪っていたものに気づき、そして何も知らぬ夫婦から絶えず「愛」という名の凶器を突きつけられた。
考えすぎだと、そう誰かに笑って貰えれば良かったのだろう。お前のせいじゃないと、そう諫められればよかった。だが、それは不可能な望みだった。
話す相手はいない。相談できる相手などいない。悩みは、罪は、ただ背負うし
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