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弱者の足掻き
十三話 「依月」
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いてしまった。自分がその名前を持つはずでなかったことに。
 両親たちは気づかなかった。子供の癇癪だと。乳児期の行いだと。理解などできるはずがなかった。
 その日から自分たちの子供が道化を演じていたことになど。





 一つ、話をしよう。
 死に、異世界に落ちた男の話だ。

 男はその世界でとある夫婦の息子として名を与えられ生まれた。既に知識はあった身だ、身体的機能に問題がなければ言葉を話せたし、二本の足で歩くこともできた。男にとって歩けず喋ずという状態は酷く不便に感じ、出来る限り早くその機能を取り戻せるようにと努力もした。その甲斐あり、身体年齢を考えれば早くにその機能を取り戻せた。

 自身の現状を考えれば親の世話に頼るのは普通なこと程度理解していた。けれど何から何までその手の世話になるというのは気恥ずかしく、苦労をかけることになる。男は最低限出来ることは自分でやるようにした。
 
 夫婦は男に優しかった。息子なのだから当然といえば当然なのだろう。そんな夫婦に男は迷惑をかけたくなかった。夫婦間の不和に繋がる、妻側へのストレスとなる夜泣きなどは出来る限りしなかった。肉体に引きづられ堪えられなかった時もあるが、極力抑えるようにした。
 一度忠告されたことは覚え、心配をかけるようなことも控えた。興味心を抑えられず行動したこともあったが、それでも限度は弁えた。
 
 その世界には元の世界にはない不思議な力があった。それは「氣」や「魔法」と同等な超常的能力であり男の関心を酷く惹きつけた。
 元々あった疑惑はそれに確信に変わる。この世界は男が知る世界だと。かつて読んだ漫画の世界だと。
 何故この世界に来たのか。どうして自分なのか。その疑問はあったが、それでもやはりその力は魅力的で男は両親にせがんだ。それを教えてくれと。何故かひどく嬉しそうに夫婦は男に初歩の初歩を教えてくれた。


 ある日、男は夕焼けに染まった紅い部屋で考え事をしていた。今日の夕飯は何だろうとか、今は一体いつなのだろうかとか、いつになれば力をちゃんと使えるようになるだろうとか。雑音に気を取られず、そんなことを特に意味もなく考えていた。

 不意に男は自分の名前を呼ばれていることに気づいた。振り返った先には母親がいた。そして理解した。さきほど雑音だと感じたのは呼ばれていた自分の名だと。男ははそれを認識できなったのだ。
 振り返った男はそれを見逃さなかった。一瞬、ほんの一瞬だが母親が酷く悲しげな顔をしたことに。自分が呼ぶ名に反応しなった息子を見て、悲しんでいることに。

 ギシリ。
 と。

 その瞬間、男は自分の中でナニカがズレたのが分かった。
 気づいたのはほん僅かな差異。感じたのは小さな違和感。
 自分に与えられた名は何だっただろう
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