六日目 十一月二十六日(土)
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あるわけでも無かった。とりあえず校内を適当にうろうろすることにした。放課後になり人の毛の無くなった校内は、それなりに面白みがあると純一は思っていた。いつもは人が整然と机に向かう教室の風景が、放課後になったとたん弾けるように消え去る。学生の本分足る勉強にいそしむ光景こそが、まるで夢であったかのよう。
けれどいくら日中を夢と思うても、その感覚自体が妄想に過ぎないと朝の日差しは突き付ける。同じようにいくら幻と思うても、二年前の出来事は繰り返し橘純一を傷つける。
二年前、橘純一には好きな子がいた。親友の梅原の協力もあり、少女との距離は順調に狭まっているかのように思えた。そしてその年のクリスマスイヴ。橘純一は、少女とデートの約束をした。高鳴る胸。一日一日と約束の日に近づく度、そわそわしてしまう自分自身。でも幸せでいっぱいになるであろう予感、いやいやへまをすれば飽きられてしまうかもしれない、絶対楽しい一日にするぞと息巻いてみたり。要するにイヴを待つ時間もまた、橘純一は最高に楽しんでいた。
だが、結局イヴは橘純一にとって最悪の日になった。そもそもデートすら始まらなかった。待ち合わせの約束は、夕方五時に丘の上の公園のベンチ。でも、少女は来なかった。どれだけ待っても、橘純一が思いを寄せた少女は現れなかったのだ。
それからの二年の月日は、恋や愛という人の狂気に、本能的に怯えを感じる日々であった。だが人間はいつまでも同じ場所に留まり続けている訳ではない。親友の梅原に励まされ、今年は少し頑張ってみようと純一は決めたのだ。自分の胸の奥に居座り、傷を付け続ける、毒竜のような記憶を乗り越えられるように。
掘り出し物があると評判の、輝日東高校図書室。橘純一がまず足を向けたのは、ここ図書室だった。
(そういえば、梅原が言ってたな、ボンッ、キュウ、ボンッなお宝本が美術関係の書棚にあるって。ちょっと見てみるか)
図書室には数える程度の生徒しかいない。大体そんなものだろう。その数える程度の生徒だって殆どが同じ面子だ。
探している本が本だけに、人目を気にしながら奥の美術関係の棚に向かう。
「わぉ、橘君、ベリーグーよ。またわたしの危機を察して来てくれたのねっ」
「え?」
自分でそう呟きながら、声の主の正体の予感に、純一は胸が高鳴り出すのを感じていた。
振り向いた先、そこには予想した通り、我らが輝日東の女神、森島はるかが居た。
「先輩、どうしたんですか?」
「だから、わたしを助けにきてくれたんでしょう?」
まったく意味が解らなかったが、純一は迷いなく話に乗った。
「もちろんです! 先輩を助ける為なら、たとえ火の中、水の中、どこへだって行きますっ」
「ほんとぉー、うれしいわぁ。さすがは、ジョンねっ」
ころころと森島はるかは楽しそうに笑った。
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