第一幕その四
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第一幕その四
「私ももう二度と戻るつもりはない。決して」
「何とでも言うのです」
最早ヴェーヌスは全く動じてはいなかった。
「そう、何とでも」
「何故そこまで自信に満ちておられるのか」
「言った筈です」
タンホイザーにこう問われても女神の自信は揺らいでいなかった。
「ここには全ての人間達が帰って来るのです」
「全ての」
「そしてこれも言いました」
厳かな言葉がまた戻っていた。
「貴方は必ず私のところに戻って来る。不実な貴方は」
「もう私は」
「これもまた言いましょう」
逃れようとしたタンホイザーにさらに告げる。
「あの神は救いなぞ与えはしないと」
「それはない。きっと」
「救いを与えるのは女神のみ」
その女神の言葉である。
「それ以外にはありません」
「女神が救いを」
「そうです」
再び厳かな声をタンホイザーにかけた。
「あの世界に女神はいないのですから」
「それは違う」
タンホイザーはヴェーヌスの今の言葉をはっきりと否定した。
「救いを与えてくれる者、それは」
「女神以外にはない」
「だからそれは違うのだ」
またしてもヴェーヌスの言葉を否定した。そして遂に言うのであった。
「聖女」
彼は言った。空を見上げ。
「聖女こそが私を救ってくれるのだ。全てを」
「ならばその聖女を探すがいい」
ヴェーヌスはここで遂に己の姿を消していった。
「決して見つからぬそれを」
こう言い残して完全に消え去ってしまったのだった。彼女が消えると同時に泉もまた消えていった。タンホイザーは一人モミの森の中に残されたのであった。
モミの森から離れた何処かからか牧童の声が聞こえてくる。
「ホルダの女神が降り谷や野原を歩き回る」
古い牧童達の歌だった。
「私の耳は甘い響きを聞き目は見たいものが多い。幾つかの夢を見て目を開くと五月がそこにいた」
幻想的な歌であった。まるでここにはいないかのように。
「五月が来たのだ。シャルマイを吹いて祝福しよう、この美しい五月を」
「我が主よ」
牧童の歌と混ざり合ってまた別の歌が聴こえてきた。
「我々は貴方に憧れる。巡礼の望みよ」
「美しく清らかな聖母よ讃えられてあれ」
巡礼の歌であった。ローマまでの。彼等は巡礼の歓びを味わっているのである。
「罪の重荷が我々を押さえ耐えられぬ」
「だが休息を選ばず喜んで辛苦を選ぶ」
「慈悲の高き祭典のこの日に私は罪を謙虚にあがなう」
贖罪もまた謡われる。明らかにこちら側の歌であった。
「信仰に忠実なる者には恵みを。懺悔と悔恨により救われん」
「幸あれ」
牧童の声が彼等を祝福する。
「ローマへ行く人達よ幸あれ、私の哀れな魂のこともどうか」
「戻って来たのだ」
タンホイザ
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