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王道を走れば:幻想にて
第四章、終幕 その2:峰を登り
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して壁に掛かった血飛沫を残してだ。

「くそっ、なんだこれは・・・!」

 よくない事が起こったのは確かなようだ。外套のフードを被って顎紐をきゅっと締めると、慧卓は勇んで外へと打って出る。途端に耳も目も利かなくなるような豪風が彼を迎え、ばしばしと雪片が横顔に叩き付けられた。白銀の地面には蹄の跡が残り、点々として一つ一つが大きな血痕もあった。その後を辿るように慧卓は道を走っていく。
 体感距離で100メートルであろうか、右も左も分からぬ内に血痕を追ううちに、木立の中へと足を踏み入れている事に気付いた。そして慧卓は道端に、先までリコが乗っていた馬が腹を内臓が滅茶苦茶になるくらいに乱暴に裂かれ、頭が到底ありえない方向へ曲げられて横たわっているのを発見した。何と凄惨な死に方であろうか、人の膂力で出来るものではない。ぞっとするような思いを抱き、慧卓は更に木立の中を掻き分けて進む。愛馬がそのような憂き目に遭っているのではと心配でならなかったが、しかしその黒毛の躰が無事、木陰の合間に避難しているのを見て一気に安堵した。

「ベル、大丈夫か!?おい!!」

 ベルの方へ進もうとすると、風上の方角から重厚な唸り声が響いた。記憶の片隅が強烈な警鐘を鳴らし、彼の背筋を冬よりも冷たくさせ、心拍をばきんと震わせた。コートに覆われた肌にぞわりと鳥肌が立っていく。
 はたして振り向くと、木立の奥から大きな影が車もかくやといわんばかりに疾走してきた。四足の毛深い、いかな勇壮な武士であろうと適わぬであろう立派な体躯の動物は、常識外のスピードを保って雪の上を走り、飢餓によってぎらつく瞳を慧卓に一心に注いでいた。理性の利かぬ、野生の熊である。

「やっべっ・・・」

 今生最大の危機感を覚えて慧卓は疾風の速さで抜刀する。雪の中に光る鈍い銀光を見たのか、熊は訝しげに足を遅くして徒歩で近づいてくる。慧卓は威嚇するように、熊に向かって剣を向けてゆっくりと後退していく。これで腹の底から唸っておけば遭遇時の対策としてはばっちりなのだが、緊張のせいで喉が笑ってしまって声が思うように出そうにない。
 此方の得物を警戒しながら、しかし熊は着実に近づいてきた。人間などと比べようのない、凶暴で容赦のない黒い睨みが、慧卓に過剰な緊張を強いらせる。

(・・・おいおい、そうガン飛ばすなよ。人間の肉はまずくて食えたもんじゃねぇよ?)

 大きな蹄がのしのしと地面に足跡を残し、その独特の獣臭さが鼻を突いてきた。風雪の中、段々と露となる、全身2メートルほどの巨体に慧卓はたじろぐ。人間を相対するのとはまた別種の緊張が、手先に発汗による微熱を感じさせた。

「はぁっ・・・はぁ・・・」

 息苦しそうにしながら、慧卓は徐々に後退していく。吐かれる白い息が顔に掛かる。熊と相対した以上、向
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