『おめでとう』を君に
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部下の生年月日程度、閣下ならご承知でしょう」
日頃から控えめな秘書官が、この時は妙にふてぶてしく笑った。悪影響を与える年長者がいるものだからと、オーベルシュタインは愚痴のひとつもこぼしたい心もちであった。その「年長者」に自分を含めていたかどうかは定かではない。
「データとしては把握しているが、それ以上の関心を寄せる必要はない。……それで、卿は何が言いたいのだ?」
書類を鞄にしまい、外出準備をしながら問いかける。腰を据えて書類に取り組んでいないから、かえってこのような話題に応じる気になったのだろう。そのようなタイミングの見計らい方については、シュルツが一枚上手だった。
「お祝いを贈らねばなりませんね」
だからその言葉も、さりげなくオーベルシュタインの耳に入った。大して考えずに「そうか」と応じようとして、はたと手を止める。
「不要であろう」
馬鹿馬鹿しいと付け加えようとして躊躇したのは、付け加えること自体が馬鹿馬鹿しく思えたからであった。
「ごもっともですが、閣下はお誕生日に、准将からプレゼントをもらっていらっしゃるでしょう?たまには感謝をこめて、何か差し上げてはいかがですか?」
やはりタチの悪い年長者の影響が強いようだと、オーベルシュタインは溜息をつきたい気持ちで秘書官を睨んだ。その義眼から真意を読み切れはしなかったが、シュルツはそっと、
「財布を欲しがっていましたよ」と、囁いた。
軍務省からの帰宅途中、オーベルシュタインは私邸からほど近い百貨店の前で車を止めさせた。渋る運転手をさっさと帰らせて、ひとりショーウィンドウを眺める。一見して元帥と分かるいでたちで、半白の髪を揺らしながら百貨店を練り歩く軍務尚書は、本人の意思とは無関係に人目を引いていた。
「財布と言ってもな……」
品質の良さそうな革製品を見つけるが、何といってもフェルナーの好みが分からない。加えて、このように品物を探して店を歩くことに慣れていないオーベルシュタインは、早くもうんざりし始めていた。夕方、急いで買い物を済ませようという女性たちの雑踏にも、辟易させられていたのである。彼とて財布くらいは自分で購入しているが、昔からの贔屓の店に、彼の好みそうなものを私邸へ持って来させているだけであり、考えてみれば身の回りの物を探しに百貨店へ寄るなど、イゼルローン要塞にいた頃以来のことであった。
「ふむ。このあたりだろうか」
高級ブランドではあるが、片隅に小さくエンブレムが焼き付けられているだけの、小ざっぱりとしてシンプルな財布があった。大きさも手ごろで、どちらかと言えば自分好みである。もっとも、フェルナーの好みが分からない以上、自分の主観で選ぶしか方法がない。手に取って首をかしげる帝国元帥の後ろ姿を、その隅に映した砂色の瞳があった。
数日後の昼休み、慌ただし
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