『おめでとう』を君に
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御前会議を終え、パウル・フォン・オーベルシュタインが自身の執務室へ戻ると、首席秘書官のシュルツ中佐が書類を片手に丁寧な敬礼を施した。秋口ではあるが今日は蒸し暑く、廊下を歩きながらもうんざりとしていたオーベルシュタインであったが、程よい空調のきいたこの部屋に、密かに胸を撫で下ろした。おそらく、この若く優秀な秘書官が、自分の帰りを予想して準備してくれたに違いないことを彼なりに察して、軽く肯いてから答礼した。
ぱさりと書類を置いて椅子へ落ち着くと、視線だけで秘書官を呼び寄せる。
「15時より、新設される士官学校の視察が入っております。10分ほどで出発の予定ですので、ご準備下さい」
シュルツはそう言って、多忙な上官を気遣わしげに見やった。
「そうか。確か郊外の古い屋敷を改装した学校だったな。設計上、そして設置基準上の不備を確認する必要があるが……」
「専門家の手配は済んでございます。現地にて合流予定です、閣下」
すっかり秘書官業務にも慣れた部下へ黙って肯くと、オーベルシュタインは机上の書類の一枚に目を通し始めた。件の士官学校に関する資料に、フェルナーからの付箋が留められている。どうやら先に目を通したようで、『耐震性の補強について仔細検討されたし』と記されていた。
しばらく書類へと目を落としていたオーベルシュタインが、ふっと顔を上げて隣席を見た。
「いかがなさいましたか、閣下」
秘書官の問いかけに首をかしげながら、
「フェルナーはどこへ行っている?」
と、その疑問を端的にあらわした。シュルツは思わぬ上官の言葉にたいそう驚いた顔をしてしまい、慌てていつもの柔らかな笑顔を作った。
「准将は急用で調査局へ行かれました。お約束がおありでしたか?」
「……いや」
そう答えたものの、オーベルシュタインは眉間の皺を深めた。過剰な警護を認めず正式な護衛隊もつけずにで歩く上官に、官房長はしばしば苦言を呈する。それでも無視され続けるものだから、最近では、特に危険の感じられる所へ赴く時にはフェルナー自身が随行することが多くなっていた。郊外の完成間近とはいえ建設中の士官学校は、暗殺の場としては適していると言えるだろう。フェルナーが同行を申し出ることを予想していたため、いささか拍子抜けしたという気分であった。同行はシュルツと専門家数名のみである。自分の身は自分で守るとして、根っからの軍官僚であるシュルツまで守りきれるだろうか。
「そういえば、もうすぐ准将の誕生日ですね」
オーベルシュタインが彼なりに部下と自分の身を案じていると、当の部下から思いがけず能天気な話題が振られた。無論、部下は部下なりの思案があって口にしたことであったが、上官にその意図が分かるはずもない。
「そうだったか」
内心で面喰いながら、関心のなさそうに相槌を打つ。
「おとぼけになられる。
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