第二十章
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奴の遣り口をよく知っている。DNA鑑定の偽造なんて、奴はとっくに考えていた。それを君の口から言わせただけだ。俺は奴のそんな遣り口を何度となく見てきた。君は、奴に乗せられただけなんだ。だから自分を責めるな。」
「ふふ、そういうことにしておくわ。少し、気持ちが楽になった。どうも有難う。でも、嬉しい、こうして貴方に抱かれて死ねるなんて、本望だわ。それから、愛子のこと・・・お願い。」
章子の目から涙が溢れた。同時に、飯島の胸に顔を埋めた。微かな息が飯島の胸に小さな温もりを作った。しかし、その温もりも次第に小さくなっていった。最後にはその唇の感覚だけが胸に残った。章子は眠るように息を引き取った。
涙を堪え、章子を抱きしめた。すると、「おい、疫病神」と竹内の弱弱しい声がする。振りかえると、大の字に倒れた竹内が顔だけ上げて飯島を凝視していた。瞼は赤黒く腫れ上がり、鼻孔から血が吹き出している。しかし、裂けた唇はまだ薄笑いの形を保っていた。
「おい、疫病神。疫病神が、何を泣いているんだ。」
飯島はぶるっと体を震わせた。手から、だらだらと血をたれ流し、死に体となった竹内がまだ憎悪を剥き出しにしている。体中の血液が沸騰した。殺すしかないと思った。和子を、そして章子を殺した張本人がまだ息をしている。許せなかった。
章子の上半身を静かに床に降ろすと、すっくと立ちあがった。その時、一瞬、肘を引っ張られるような感覚があった。見ると、章子の腕がぱらりと床に落ちた。章子は死の間際まで飯島のジャンパーの袖を握っていたのだ。
飯島は殺意を顕わにして竹内を見下ろした。竹内は薄笑いを浮かべ、腫上がった瞼を必死で持ち上げた。白目ばかりで瞳は見えない。それでも必死で笑みを浮かべているのだ。飯島は竹内の傍らに立った。竹内がうわ言のように言葉を発した。
「そうだ、飯島、ここで一気にけりをつけろ。」
飯島が右手に持った拳銃を竹内の顔に向けようとした瞬間、さっきと同じように右肘を引っ張られるような感覚を覚えた。革ジャンの袖が脇に擦れたに過ぎない。しかし、章子がジャンパーの袖を握っている感覚が残っていた。飯島が呟いた。
「馬鹿な、偶然だ。ただの偶然に過ぎない。」
章子が飯島の激情を諌めようとしているように感じたのだ。心の中は葛藤が渦巻いていた。ただの偶然だ。思い込みに過ぎない、と。しかし、そんな理性を排除しようとする何かが心の奥底から湧きあがってくる。
確かに、飯島の激情が章子をどれほど傷つけたか、計り知れない。その章子が最後に言った。貴方に抱かれて死ねるなんて、本望だと。最後に、章子は飯島を許したではないか。許せと言うのか、章子?いや、激情を抑えろと言うことか?飯島の拳銃を握る拳がぶるぶると震えている。竹内が肩で息をしながら、
「どうした、飯島、早くしろ、この疫病神。」
と声
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