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レンズ越しのセイレーン
Mission
Mission9 アリアドネ
(10) シャウルーザ越溝橋 B

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(やっちゃった)

 普段と変わらない曇天を仰ぎながら、ユティは立ち尽くしていた。
 シャウルーザの上空から消えた算譜法(ジンテクス)、そしてユリウスとクロノス。

(とーさまとユリウスは違うモノだと思えって、ちゃんと教えてもらってたのに。カナンの地が現れる前に兄弟の片方が死んだら、とーさまとおじさまたちの望みが! 未来が!)

 猛然とGHSを取り出す。ユリウスからの着信を辿って同じ分史に進入し、ユリウスがどう文句を言っても正史に連れ帰る。カナンの地出現まで匿う。監禁も視野に入れる。

 だが、ボタンを押しても液晶画面は暗いままだ。強くボタンを押しても変わらない。
 GHSは壊れていた。
 今の衝撃か。そもそも今日までの連戦でガタが来ていたのか。

「ユティ! 無事か!」

 アルヴィンが駆け寄ってきた。
 応えたいのに唇が震えて上手く言葉にならない。アルヴィンはそれを、ユリウスの安否を案じてと取ったらしく、ユティの両肩を掴んだ。

「大丈夫だ。ユリウスが強いのはユティのほうが知ってるだろ? アイツは何年も一人でクロノスと渡り合って来たトップクラスのエージェントだ。そうそう簡単にくたばったりしねえよ」

(そうじゃない。そんな優しい気持ちで心配してるんじゃないの。ユリウスが死ぬのがダメなのは、今が『その時』じゃないからで、そしたらルドガーが、ルドガーしか)

 口から出かけた。だが、呑み込んだ。――呑み込めた。

「いい、アルフレド。ユティはヘイキよ。とーさまが『信じて待て』って言ったら、ユティは信じるの」
「そう、か……ああ、待っててやろうぜ。んで、帰って来たら二人一緒に説教してやろうな」
「いっしょ? ホント?」
「本当。おじさんもうウソつかないって決めたからね」


(それはきっとアルフレド・ヴィント・スヴェントがつく最後のウソになる。ワタシが、そうさせる。世界を創り直すのがユースティアの産まれた理由。そうでしょ? とーさま)

 ユティは壊れたGHSに口づけた。


 ストリートに喧騒が戻ってくる。何も知らずとも、未知の脅威が去ったことだけは肌で感じ、群衆が我を取り戻しつつある。そうなると始まるのは職務に基づいた警官と兵士の手当たり次第の尋問。好奇心のままに事件を拡散するマジョリティの下劣な娯楽。

「行こう。職質に掴まると厄介だ」

 肯く。肩を抱くアルヴィンのリードに任せ、ユティたちはストリートを後にした。

 ユティはGHSにもう一度だけ口づけた。

(無事を祈ることだけ、どうか、ゆるして)
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