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無明のささやき
第十二章
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そして両腕を顔の前に構えた。どうやらボクシングの心得があるようだ。腕と腕の間から顔を覗かせたが、その身軽さを披露できたことで得意満面である。軽くステップを踏んでいる。
 飯島もサウスポーで構えると、大袈裟なモーションで左パンチを繰り出した。思った通り向田はやや遅れぎみに右カウンターで応酬してきた。しかし、飯島の左パンチは見せかけに過ぎない。得意の蹴りのカモフラージュなのだ。
 向田は不意を突かれ、体を折り曲げながら後方に飛んだ。腹に受けた衝撃が納得いかないらしく、得意満面だった顔を歪ませている。これは、飯島が学生時代、ボクサータイプの相手によく使った手だった。
 向田はごろごろと床に転がり、みぞおちを両手で押さえ、呻き声を上げうずくまった。飯島が余裕で二人を見下ろしていると、スキンヘッドの手が背広の内側にすっと入った。飯島は近付いて、その手を踏みつけた。その手の先に冷たく光る拳銃が見えた。飯島はそれを奪い取った。
 ずっしりと重い感覚が、飯島を魅了した。モデルガンでは味わえないリアルな感覚だ。飯島の家には3丁のモデルガンが飾られている。安全装置を外して銃身をスライドさせ、銃弾を装填した。左手で銃身を触れたり摩ったりしていたが、しまいにはそれに頬擦りし、恍惚としている。
 向田はぜーぜーと息をしていたが、飯島の尋常ならざる様子をにやにやしながら見上げていた。突然、飯島が銃口を向田に向け、引き金に指を掛けた。向田の顔が横に反れた。ほとんど同時に、バンという音が響き、銃弾は向田の顔を掠め、床を突き抜けた。
 向田がひーと悲鳴を上げた。飯島の一瞬の作為である。二人にはこれがお芝居とは思えなかったであろう。横を見ると、スキンヘッドが仰天して目を剥いている。飯島がスキンヘッドに声を掛けた。
「おい、佐野君、これ、俺に売ってくれないか。」
そう言って銃口をスキンヘッドこと佐野に向けた。
「いえ、お金なんてけっこうです。」
佐野が震える声で答えた。よくよく見ると、佐野の顔立ちにはあどけなさが残り、それを隠すために頭を剃っているのだ。飯島が言った。
「佐野君、そういう訳にはいかんだろう。これは、売り物だ。そうだろう。そうそう、これはアメリカ製だ。雑誌でみたことがある。50万円でどうだ。」
佐野は、勇気を振り絞り、ようやく答えた。
「もし、よろしければ、もう50万頂けないでしょうか。そのー、何て言うか、輸入するのにもいろいろコストが掛かってますんで。」
飯島は笑いながら答えた。
「ああ、いいだろう。弾が欲しくなったら、どうすればいいんだ。」
「ここに、僕の携帯の番号を書いておきます。ここに電話下さい。それから振込先は後日ご自宅に連絡をいれます。」
スキンヘッドが震える手でメモ帳に書き込んでいる。飯島はそれを受け取り、振り向くと向田に言った。

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