第九章
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っていた。飯島が、遅く食堂に入って行くとそんな光景が目に飛びこんで来た。異様な雰囲気のなか、妙に興奮した石倉の笑い声が響いた。
飯島は、その注目のグループを避けて隅のテーブルに着いた。その途端、頭にちくりと痛みが走った。振り向くと佐藤室長が満面に笑みを浮かべ、
「白髪を一本抜いてやったよ。」
と言うと、お盆をテーブルに置き、飯島の隣に腰を下ろした。怪訝な表情で見詰める飯島を無視して、佐藤が言った。
「奴等にはプライドってものが無いらしい。自分を陥れた奴におべっかをつかうなんて。」
飯島は不思議な気持ちで佐藤の屈託の無い顔を見つめた。佐藤は、ここ数週間、視線さえ合わそうとしなかった。しかしその態度が急変していた。納得のいかない気持ちを持て余しながら、飯島が答えた。
「まあ、しょうがないでしょう。生きるためには何でもやる。そうやって、我々の祖先も生きてきたから、今我々が存在しているわけでしょう。」
「何を悟りきったような口をきいてるんだ。」
と言って、声を上げて笑った。不思議に思いながらも、飯島もつられて笑った。
その間も、石倉のねちねちとした視線は飯島に向けられている。石倉の唇が「女房」、そして「逃げられた」と動くのが見て取れた。その含み笑いに続いて、取り巻き達のところかまわぬ哄笑が響いた。明らかに女房に逃げられた飯島を嘲笑しているのだ。
飯島は、視線を佐々木に向けた。佐々木はちらりと飯島を見て、笑うのを止めると目を伏せた。佐藤は、飯島に向けられた揶揄の言葉など聞こえない振りをして、何か話し掛けてきた。しかし、飯島の耳にはその言葉は届かなかった。
飯島は、立ち上がると、ゆっくりと石倉のテーブルへと近付いていった。一瞬、皆の笑い声が止んだ。石倉はまだ笑みを浮かべている。数人の男達は緊張の面持ちで身構えた。飯島が石倉の前に立った。そして言葉をかけた。
「何を、にやついているんだ。」
石倉が、幾分緊張ぎみに、やや余裕を残して、
「別に、何でもございません、所長殿。」
と慇懃に答えた。飯島もまだ冷静だった。
「俺に喧嘩を売るつもりなら、相手になってもいいんだぞ。」
石倉は、内容はともかく、飯島の思いのほか物静かな物言いにすっかり緊張が解けたようだ。まだまだ人を見る目がない。
「所長、そんな青臭いことは言わないでくださいよ。喧嘩を売るとか買うとか、いい大人が使う言葉じゃありますまい。」
足が勝手に動いた。石倉の座る椅子を思いきり横に蹴り飛ばした。石倉は不意を突かれ、ドスンという音とともに尻から床に落ちた。顔を引きつらせている。飯島がドスのきいた声を響かせた。
「舐めるなよ、この野郎。手前みたいな屑野郎がこの会社を駄目にしたんだ。ろくに考えもせず、これといった企業努力もせず、闇雲にリストラに飛びつきやがって。欧米ではいざ知らず
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