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無明のささやき
第六章
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うとする理性がしだいに薄れてゆく。佐久間は最初、その男を南だと思った。何故なら、佐久間が左遷されると知った時、章子は翻意を促すために南と連絡をとろうとしたからだ。
 佐久間は竹内に命じて、章子の周辺を調べさせた。結果は佐久間を驚愕させた。やはり南は章子と関係していたのだ。しかし、二人の関係は佐久間と結婚する前までで、その後はその気配さえないという。では章子を操る男は誰なのだ。
佐久間が叫んだ。
「おい、焦らさずに言え。竹内、誰なんだ。俺の知った顔だと。」
「ひっひっひっ、飯島だよ。あんたが最も信頼していた飯島だ。」
 佐久間は目の前が真っ暗になった。決して裏切らない男。それが飯島だった。だからこそ、保険金の受取人にした。愛子が成人するまで金を管理してもらうためだ。何としても章子の自由にはさせたくなかった。
 次ぎの瞬間、飯島と章子が絡みあう姿が映し出された。佐久間は叫んだ。
「貴様、許さんぞ。絶対に許さん。章子に手を出すなんて、後輩として許されることではない。」
「おいおい、佐久間さんよ。そう興奮するな。俺に怒鳴ってどうする。そうそう、もし、50万出せば、もっと詳しく調べてやる。どうする。」
「出す。出すからもっと調べてくれ。」

 飯島は目の前で頭を垂れる男をぼんやりと見ていた。以前も、こうして家の居間で向かい合った。あの時は、この男に仲人を頼まれた。佐々木は飯島の大学の後輩ということで近付いてきたのだが、いつの頃からか南派の人脈にどっぷりと浸かっていた。
 その突然の仲人依頼は、飯島が東京支店長に抜擢された直後だった。機を見るに敏な奴だと厭な気持ちはしたが、後輩であることに違いはなかった。引きうけざるを得なかったのである。飯島は佐々木の連れ合いに視線を移した。
 かつての溌剌とした若妻は、ふくよかな一児の母となり、すやすやと眠るわが子をいとおしげに見詰めている。妻の和子は台所でお茶を入れていた。飯島は言葉を捜しながら、何故、妻、和子が最近よそよそしいのか考えていた。ぼんやりと二人を見ていたが、唐突に言葉だけが出た。
「厳しいよ、今の世の中、中高年には厳し過ぎる。この間、紹介した会社は業績もまあまあだったし、期待していたんだが、相性が悪かったんだろう。」
佐々木が答えた。
「いいえ、相性の問題ではなかったんです。ただ、面接で失敗してしまいました。ちょっと上がってしまって。」
「そうか、上がってしまったか。」
またしても沈黙がその場を支配した。
 佐々木は、頭は切れるが、プライドが高すぎる。営業に求められるのは自尊心を捨てる潔さと、お客の気持ちを感じ取る感性なのだ。佐々木にはその両方とも欠けていた。上がったから面接に失敗したわけではない。面接官に見抜かれたのだ。
 佐々木がトイレにたつと同時に和子がお茶を運んできた。

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