第四章
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。男供は私の足を引っ張ることしか考えていなかったし。だから子供生んで、家庭に引きこもりたかったの。三食昼寝付きが夢だったわ。」
と言うと、章子は悪戯っぽい笑みを浮かべた。その横顔をちらりと見て、飯島は少々ふて腐れぎみに言った。
「それに、南には捨てられたしね。」
ちらりと視線を向けると、章子はウイスキーを一気に喉に流し込んだ。飲み終えると、グラスの底をカウンターに叩きつけた。カンという乾いた音が響いた。章子の目が座っている。
「全く、あの野郎、頭にくるわ。二股をかけていたんだから。でも社長の娘じゃあ、かないっこないもの。」
「それを言うなら、君だってそうじゃないか。君も、佐久間さんと僕と二股をかけていた。当時、僕は本気で和子と別れようかと悩んでいたんだ。女房はそのことを未だに根にもっている。」
章子が舌を出し、笑いながら言った。
「ごめん。佐久間は入社以来の相談相手だったの。でも、これだけは信じて。飯島さんが一番好きだった。南よりも。でも、飯島さんには最初から恋人がいたしね。綺麗な人だったな。一緒に飲みにいったことがあったわ。覚えている。」
「いや。」
飯島は、和子の話題に触れたくなかった。会って話をするだけというのは言い訳に過ぎず、何かを期待する自分を意識していたからだ。やましさが心の片隅でじくじくと疼く。
視線を落とし黙っていると、章子の熱い視線を感じた。ゆっくりと顔を向けると、神秘的な薄茶色の瞳が飯島を捉え、そして優しく包んだ。飯島も微笑んだ。章子が口を開いた。
「こんな日が来るなんて思ってもみなかった。こうして二人だけで会えるなんて。嬉しい。本当に嬉しい。」
「ああ、僕もだ。」
と答えてまた押し黙った。妻、和子の顔が浮かんでは消えた。そんな飯島のうしろめたさを感じたのだろうか、章子は明るい調子で言った。
「今日は独身に戻ったつもりで、楽しみましょう。昔みたいに。いい?」
飯島は複雑な思いを吹っ切るように、
「ああ、今日は飲もう。その前に腹がへった。飯でも食いに行こう。寿司なんかどうだ。」
と言うと、立ちあがった。
「いいわよ、でも、それで終わり、ふ、ふ、ふ。」
飯島は章子の含み笑いに動揺した。まるで飯島を誘っているように思えたからだ。
「さあ、どうするか、昔みたいに歌でも歌いに行くか。」
飯島は、全てを成り行きに任せようと腹を括り、伝票を取り上げるとレジに向かった。後から声が響いた。
「まって、まだお化粧も直していないわ。ねえ、ちょっと待って。」
その甘ったるい声で、章子もその気であることを了解するとともに、ざわざわと心が震えているのを意識した。
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