第五十一話 エル・ファシル
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「……」
だから一部の人間が恐れるのだ。いずれ辺境が中央と対立するのではないかと。辺境が弱い存在なら良い、押し潰す事が出来る。だが黒姫の頭領が辺境に居る。頭領を無視する事は誰にも出来ない。これまでの頭領の帝国に対する貢献を考えれば辺境に対して強く出る事は出来ない。そして徐々に辺境は力を着けつつある……。
「帝国も同盟も国家として国民の安全と繁栄を守る事を怠った。それでも帝国はローエングラム公が改革を始めた。だから反発は同盟の諸都市に比べれば少ない」
「そうだな、それに対して同盟は何も出来なかった……」
力の無い声だ。頭領がグッと手を握りしめるのが見えた。頭領の顔を見たが表情は変わっていない。しかし、怒っている……。
「統治体制なんて馬鹿げたものに拘るからです。民主共和政、専制君主政、どちらにも欠点が有る、完璧な物じゃないんです。それが分かっていれば共存が可能だったはずです、それなのに……。ヴァンフリート割譲条約を見れば分かるでしょう、主義主張なんてものは決定的な対立要因にはならない事が」
「……その通りだ、君の言う通りだよ。エル・ファシルは今の繁栄が続く事だけを望んでいる……」
レベロ議長は俯き頭領は溜息を吐いた。
二人とも押し黙っている。暫くしてから頭領が口を開いた。
「何回かに亘って段階的に移住者を受け入れる、同盟市民にはそう言うしかないでしょう」
「何回かに亘って?」
「最初に二百万、二年後に更に二百万。受け入れの準備にそれくらいかかる、その後も何年か置きに移住者を受け入れると発表する。エル・ファシルだって人口が増えればそれだけ豊かになる。それで両方を説得するんです」
レベロ議長が訝しげな表情を見せた。
「納得すると思うかね、君は」
「納得させるんです。……実際問題、二百万人以上受け入れる事は出来ない、そうでしょう?」
「……」
「移住を望んでいるのは帝国の統治に不安が有るからです。二年後には帝国の統治も軌道に乗っている。そうなれば移住を望む人間も減るはずですよ」
レベロ議長が“そうであって欲しいものだな”と呟いた。苦労している、いっそエル・ファシル公爵領など無い方が議長にとっては楽だっただろう。だが民主共和政を守るために今苦労をしている。そして頭領はそれを助けようとしている。苦労している議長を放っておけないのだろう。贖罪も有るのかもしれない。いや、何よりも帝国が繁栄するには旧同盟領の安定が必要だ。頭領にとっても他人事では無い。
大変だな、そう思った。まだまだ戦いは続く、そう思った。人と人が殺し合う戦争は終わった。しかしこれからはいかにして人を豊かにするかの戦争が待っている。経済の戦争であり統治の戦争だ、失敗すれば旧同盟領は混乱し不安定な状態になるだろう。帝国にとってお荷物にしかならない。
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