混乱
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激しい運動もせずに過呼吸になったのはこれが初めてで、俺は窒息で死ぬんじゃないかと思った。苦しむ俺の腕を必死に支えるあの男に抵抗して暴れたが、和谷と二人がかりで跡がつくほどひどく押さえつけられる。涙が滲み、抑えきれないほどの感情が爆発する。
「ちょっとどいてくれるかな」
日焼けした店員があの男の後ろからひょっこっと顔を覗かせ、俺に何気ない言葉を掛け続ける。いつの間にか数人の店員に囲まれ、スタッフルームへと連れて行かれる。周りの客は、突然の騒ぎにただ驚き、じっと事態を見守っていた。スタッフルームの扉が勢いよく開けられ、中にあるソファに仰向けに転がされた。
「大丈夫だよ。あ、君たちちょっと出て行ってくれるかな。ごめんね」
さっきの体育会系の店員が混乱して突っ立っていた和谷と男の二人にやわらかい口調で声をかけた。
「はい・・・」
和谷は肩を落とし、素直にドアへと向かう。振り返りざまに心配そうな表情を浮かべて、部屋から出て行った。佐為に似た青年もそれに続き、申し訳なさそうにぺこりと頭を下げてドアを静かに閉める。店長らしき人物が、体育会系の男を除いた店員を現場に戻らせ、部屋には3人しかいなくなった。
「ふーっ」
やっと一息つくことができた気がする。クラシックのBGMが小さくも心地よく壁の向こうから届けられる。
「何か飲む?」
部屋の中央に陣取るテーブルを囲む椅子の一つに腰をかけ、気さくに話しかけてくる店員に首を振った。呼吸はさっきよりもずっと落ち着いたが、どっと疲れが襲ってくる。
「まあまあ、そう言わずに」
「え、いえ・・・」
「温かいものを飲んだら落ち着くから。香りをかぐだけでも大丈夫だから、ね?」
エアコンのリモコンをいじっていた初老の店長がにこりと微笑む。断る理由も特に見つからないから、ヒカルはか細い声でレモンティーを頼んだ。白髪の店長は顔を綻ばせ、「ちょっと待っててね」と部屋の外に出た。
部屋に残されて妙に気まずくなってきた。恥ずかしい。どうしてこうなってしまったんだろう。
脇の椅子で様子を見ている店員と目が合って一気に羞恥が増す。気づかれないくらいにそっと顔を横に傾けて、じっと天井を見続けた。呼吸が落ち着いたせいか、今度は二人に掴まれた腕が妙にじんじんと痛みを訴えてくる。手を添えると、肌をなぞっただけで、「これは痕になるな」と確信した。そしてまた寒気が襲ってきた。
あいつには確かに実体があった。
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