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無明のささやき
第一章
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 会社に入ってからも、権威主義的な上下関係に反発を感じ逆らい続けた。部下の管理も上から押しつけるのではなく、本人の自覚を促すやり方を好んだ。つまり、飯島は会社で数少ない穏健派ということになる。
 かつて飯島の部下であった石倉は、そんな飯島に対し常に批判的であったし、一方、飯島は飯島で、石倉の部下に対する高圧的な態度を何度もたしなめた。それが石倉に言わせると、飯島は部下に甘いということになる。この確執が今日に至るまで尾を引いていたのである。

 その日、飯島は石倉に連れられ新宿の会員制クラブへと赴いた。そこは、よく接待に使われる場所で、飯島も何度か訪れている。既に石倉の上司、企画部長兼任の南常務がグラスを傾けていた。
 南は石倉を認めると片手を上げて合図を送る。その南に対し、にやりと笑って応える石倉の表情を盗み見て、飯島はひやりとするものを感じた。飯島が頭を下げ、そして視線を合わせようとするが、南はそれを避けた。
 南も、かつてはその甘いマスクで女子社員のアイドルだったこともあるが、今では酒と美食で顔に分厚く脂肪を貯め込んで、かつての面影は消えうせている。飯島と南は同期入社で、当初親しく付き合っていたこともある。
 しかし、今では南は常務取締役として辣腕を振るっており、その日も、尊大な態度を崩すことなく、かつて友人であったことなどおくびにも出さず、上司に対する接し方を当然のごとく要求していた。
 飯島は、にこやかに応対するものの、南に対する敵意は喉の奥に渦巻き、それを隠すために、殊更大きな笑い声を立てる自分自身に辟易していた。お互いの敵意を包み込んでの穏やかな会話も途切れる頃、南が切り出した。
「さて、今日のメインテーマに入ろうか。」
飯島もどうでもいい会話を切り上げたかった。
「ええ、お願いします。」
南は石倉に目配せし顎で話を促した。石倉は思わせぶりな沈黙ののち、おもむろに口を開いた。
「関東資材物流センター長の竹内さんは、良くご存じだと思いますが、あの方が今回社長の逆鱗に触れまして失脚します。」
石倉はここで、一瞬、間を空け、飯島の目を覗き込んだ。飯島の心は瞬時にして凍てついた。その動揺を見透かし、にやりとして、石倉は続けた。
「原因は、例によって女性問題ですが、その後任として私は飯島さんを押しました。」
飯島は、この一言によって打ちのめされた。まさか、ドル箱支店の長を首にするなど、予想だにしなかったからだ。
 石倉に対する憎悪が腹の底からわき上がってくる。石倉は、はなから飯島が失敗すると踏んで推薦したのだ。飯島の最も不得意とする仕事と知り抜いている。そんな飯島の思いを弄んでいるのか、石倉は笑みさえ浮かべ、続けた。
「支店長から関東資材物流センター長への転出は一般的に見れば降格ですけが、これは社長の特命です。これをうま
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