第一章
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社経理課長は、移動中に居眠りしていたことを運転手に密告され、翌日の朝礼で、竹内に胸ぐらを掴まれ面罵された。彼は悔しさに肩をぶるぶる震わせ、竹内を睨みつけていたが、翌日、辞表を提出したと云う。
飯島の運命を変える瞬間が訪れたのは、ほんの一月ほど前のことである。飯島は、憂鬱な全国営業会議を終え、ほっとため息をつき、支店に帰ったら即シュレダーにかけてやれと資料の束をカバンに詰め込み会議室を退出した。
飯島を呼ぶ声に、振り返ると、石倉が余裕の微笑を浮かべて佇んでいる。石倉は、飯島の名古屋支社時代の部下で、当時から飯島に対し批判的な態度を示していた。現在は本社企画部次長で、飯島より5歳年下である。
痩せぎすの石倉は、一見冷徹でクールな印象を与えるが、どちらかと言えば激情家である。その激しさを内に秘めた含み笑いは、以前より凄みを増していた。そして、低い声でつぶやくように言った。
「どうもご無沙汰しております。何かと忙しくて。」
「結構じゃないか。忙しいってことは、余計なことを考えずにすむってことだ。ところでどうなんだ、本社の勤めの方は。」
「そうですねえ、本音を言うと、飯島さんと一緒に現場をあちこち駆け回っていた頃が懐かしいです。今じゃ、机に鎖で繋がれているみたいなもんで、書き物ばかりしていますよ。」
そう言いながらしかめ面を作ろうとするが、飯島に対する優越感の方が勝ったらしく、笑みが滲み出ている。そして続けた。
「実は、今日、話があります。5時に企画部の方に寄って下さい。それじゃあ、後程。」
飯島はその後ろ姿を見送り、吐き捨てるようにつぶやいた。
「何が書き物だ、とんま野郎が。本社の戦略の質が落ちているのは、お前の書き物のせいじゃねえのか。」
飯島の勤めるニシノコーポレーションでは文科系の新卒は誰もが営業マンとしてスタートする。徹底した社員教育によって、軟弱な新卒をプロの営業マンに変身させるのである。客のケツの穴を舐めてでも仕事を取ってこいという根性物語が繰り返され、土下座さえ辞さない営業マンを育てる。
そこで抜きんでること、つまり管理職として出世することが、そんな営業現場から逃れる唯一の道なのだ。現場で人一倍根性を見せていた営業マンほど、この現場から離れることに密かに憧れている。
「書き物」という石倉の言葉は、「現場」と180度対極にある言葉なのである。かつて石倉は、会社が理想とするタイプの営業マンであった。それは、彼が大学の応援団出身であり、会社のスタイルに即適応出来たからだ。管理職になってからも大学の体育会系の乗りで部下を指導した。
これに対し、飯島は会社の理想とするタイプではなかった。大学時代、空手に似た日本拳法をやってはいたが、体育会系ではなく、長髪さえ許される同好会で、上下関係もそれほど厳しくはなかった。
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