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ラ=トスカ
第一幕その一
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トン伯の若い妻、エマ=ハミルトンと名乗る美しい女性、それはアンジェロッティがロンドンにオーストリアの外交官として派遣されていた頃よく通っていいた高級娼館の娼婦だったのだ。
 貧しい鍛冶屋の家に生まれた彼女は美貌に恵まれていた。当時日々の糧に困る女が就く仕事といえば真っ先に挙げられるものが娼婦であった。エマ=ハミルトンも例外ではなかった。だが美貌だけでなく頭も良かった彼女は裕福な貴族達を次々と篭絡し、遂にハミルトン伯の後妻となったのである。
 夫がナポリ公使に任命されるとその美貌と知性によりナポリ社交界、そして王妃マリア=カロリーネに気に入られ絶大な信頼と影響力を手に入れた。その二つは夫のそれを凌ぐ程であった。特に外交手腕は見事でありロイヤル=ネービーがナイルの海戦でフランス軍に対し勝利を収めたのも彼女の尽力でシチリアの制海権を得たことによるのが大きかった。
 その様に大きな力を持つ彼女が一つ恐れる事があった。それは娼婦として生きていたという自らの忌まわしい過去が暴かれる事であった。母国イギリスではナポリ公使を務める有力者の妻ということもありそれを完全に消してしまう事が出来た。ナポリではその様な事知るよしも無い。だが目の前に彼女の過去を、しかもそれを直接的に知る者がいたのである。
 彼女は怖れた。自らの過去が暴かれ事は彼女にとって今の栄華が崩れ去ることに他ならなかった。彼女にとってアンジェロッティという男は災厄そのものであった。

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