第一幕その六
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第一幕その六
「皆さん、今日は折角お来しいただいたのです。存分に楽しみましょう!」
そう言うと指を鳴らした。すると若い羊飼いの姿をした少女達が出て来た。
「これは私の余興です。太陽と花々の中羊飼い達の歌う牧歌を聴こうではありませんか!」
当時田園風の別荘や音楽が貴族達に親しまれていた。華やかな宴だけでは人の心は癒されない。そうしたものも必要なのであった。
少年達も姿を現わした。フレヴィルは彼等の中央に立った。
「さあ皆さん、お聴き下さい、清らかな牧童達の声を」
そう言うと子供達は歌いはじめた。綺麗な声をしている。特に少年達のそれは素晴らしかった。
カストラートという。声変わりの前に去勢してその声を保った歌手である。彼等はそれであったのだ。
このカストラートがバロック、そしてロココの時代の音楽を支えた。特に有名なのはファルネッリであるがその他にも大勢の有名なカストラートがいた。
モンデヴェルディもモーツァルトも彼等の為に曲を作った。そしてそれは今でも残っている。ロッシーニもカストラートの音楽を愛した。後にワーグナーはカストラートを参考にして自作の楽劇に不思議な声を発するバスの役を出している。カストラートのいない今ではメゾソプラノやカウンターテノールにより歌われている。今もなお彼等の素晴らしい芸術は生きているのである。人権やそうしたものとは別の次元の話である。
「何と素晴らしい」
流石はその名を知られた人物である。フレヴィルの歌はそこにいる全ての者を魅了し感動させた。それが終わった時彼は拍手の嵐に包まれた。
「いや、素晴らしい」
先程まで陰鬱な表情に陥っていた院長が満面に笑みを浮かべて握手を求めてきた。
「気に入っていただけたようですね」
フレヴィルは彼の顔を見て言った。
「当然ですよ。噂に聞いただけはあります」
「本当に。まさかこれ程までとは」
人々は口々に彼を称えた。
「いえいえ、そんなによかったとは自分では思っていませんが」
彼は謙遜の言葉を口にしたがその顔には会心の笑みがあった。
「本当にお見事でしたわ」
マッダレーナも賛辞の言葉を送った。
「ところで」
そしてシェニエに顔を向けた。
「今度は詩をお聞きしたいのですが」
彼に対して詩を所望した。
「生憎今は思い浮かびません」
「あら、どうしてですか?」
「才能がないものでして」
「あら、ご謙遜を」
「今はミューズの声が届かないのですよ」
彼は微笑んで答えた。
「ははは、彼はいつもこう言うのですよ」
ここでフレヴィルがマッダレーナに対して言った。
「偏屈なところがありまして。それにありふれたものに対しては心を動かさないですし」
「なあ、そうですの」
「私のミューズは身持ちが固いのです」
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