暁 〜小説投稿サイト〜
アンドレア=シェニエ
第一幕その四
[2/2]

[8]前話 [9] 最初 [2]次話

「おお、修道院長!」
 マッダレーナの父である伯爵がその法衣を着た男の姿を認めて声をあげた。
「伯爵、呼ばれに応じ参りました」
 修道院長は伯爵に笑顔で答えた。実は彼はマッダレーナとは縁者である。
「パリから来られたのですね」
「はい」
 彼は伯爵夫人に答えた。
「如何でしたか、ベルサイユの様子は」
「それですが」
 彼はここで表情を暗くした。
「何かあったのですか?」
「それが・・・・・・」
 明らかに何かがあった。その証拠に修道院長の顔はどんどん暗くなっていく。
 この時フランスの置かれている状況は厳しいものであった。財政は破綻し国王ルイ十六世には国政を舵取りする能力はなかった。そして貧富の差は隔絶たるものがあった。
 ここで問題となrのはフランスの土地である。欧州の土地は痩せている。欧州第一の農業国であるフランスですら常に餓死者を出していた。我が国はこの時江戸時代であったが三回大きな飢饉を経験している。宝暦、天明、天保の三回である。特に天明の時の東北の事情は悲惨としか言いようがない。だが一説には人口は殆ど減らなかったらしい。それだけの力が東北にもあったのである。
 だがフランスは違う。パリは東北よりも北にある。冬には豪雪が襲いセーヌ河は凍りつく時もある。それ程までの気候差があるのだ。東北には凍る河はない。雪はあっても全てを凍らせるものではない。
 フランスの豊作の時の餓死者はその天明の時の餓死者より多いのである。フランスの豊作とは当時の我が国では大飢饉であった。
 そうした状況でも貴族達は優雅に宴を開いている。今テーブルの上にある極上の葡萄酒や豪華な鴨や鹿の料理などとても庶民の口には入らない。
 こうした問題が何故放っておかれたか。誰も問題とは思っていなかったからである。その為ルイ十四世もベルサイユに宮殿を建てた。彼は別に国民から搾取しようともその生活を苦しめる為にそのような宮殿を建てたり優雅な生活を楽しんだわけではない。彼は自分自身を国家だと言った。国家は常に輝いていなくてはならない。彼も彼なりに国民を深く愛していた。そしてその期待に応えなければならないと常に思っていたのだ。
 それは貴族達も同じであった。彼等も自分の領地の民を愛してはいた。中には暴虐な人物もいたかも知れない。だがそのような輩は常にほんの一部である。そうした者ばかりなら歴史は実に単純に話が進む。もう読まなくてもよい程だ。だが歴史は悪意よりも善意や理想で動くものだ。それが現実にどのようにして変わるかは別として。

[8]前話 [9] 最初 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ