暁 〜小説投稿サイト〜
アンドレア=シェニエ
第三幕その六
[1/2]

[8]前話 [1] 最後 [2]次話

第三幕その六

「父は玄関のところで殺されました。私と母を守る為に。そして」
 マッダレーナは一瞬唇を噛んだ。だが苦しい心を抑えてまた言った。
「母は私の部屋の戸口で死にました。私を逃がす為に楯となって」
「あの人が。そうだったのか」
 ジェラールは今までマッダレーナの両親を憎みこそすれ認めることはなかった。人間とすら思っていなかった。それは何故か。貴族だからである。だが今の話を聞いてそれが変わった。
(あの人達も人間だったのだ)
 それがわかるとは思わなかった。何故それがわからなかったのか。
「私はベルシと共に逃げました。暗い夜道をただひたすら進みました。そして後ろから青白い鈍い閃光が起こりました」
「雷ですか」
「いえ」
 彼女はそれに対し首を横に振った。
「私の家が、屋敷が焼け落ちていたのです。今まで住んでいた美しい我が家が」
「あの家がですか」
「はい」
 ジェラールはそれを聞いて感慨を感じずにはおられなかった。ただひたすら憎い筈の屋敷だったのに。
「私は一人になりました。けれどそれをベルシが救ってくれたのです」
「彼女が」
「はい。私の為に身を売って。そうして私を救ってくれたのです」
「そうだったのですか」
 革命は多くの人の運命を狂わせる。望んでもいない道に追いやってしまう。美名の陰にはそうした残酷な牙が潜んでいるのだ。
「誰もが私の為に不幸になってしまった。私は誰も幸福にすることができなかった」
 それは違う、ジェラールはそう言いたかったがとても言えなかった。
「けれどそんな私が愛を知りました。そして私を愛してくれるという方が現われたのです」
「それが彼なのですか」
「はい」
 マッダレーナは頷いた。
「あの方の為なら私は喜んで犠牲になりましょう。例えどの様なことであっても」
「そうですか」
 ジェラールは最早彼女に指一本も触れる気にはなれなかった。彼の正義を愛する心と誇りがそれを許さなかったのだ。
「マドモアゼル」
 ジェラールは彼女に顔を向けた。
「貴女の心はしかと受け取りました。私は貴女に手を触れることはありません」
「え・・・・・・」
「そして今誓いましょう。貴女が想う人を、アンドレア=シェニエを必ず救い出して差し上げましょう」
「本当ですか!?」
 マッダレーナは我が耳を疑った。つい先程自分を求めていた者の言葉とは思えなかった。
「私は嘘は言いません、この誇りにかけて」
 彼は他の者にも誇りを忘れるな、と言う。誇りなくして人間ではない、と。だからこそ自らもそれに誓うことができるのだ。
「できるのですか」
「出来なければ私が断頭台に行きましょう」
 本心からの言葉だった。命は最初から惜しくはなかった。それよりも誇りを失う方を恐れていた。
「ここに私
[8]前話 [1] 最後 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ