序曲
[2]次話
序曲
アンドレア=シェニエ
序曲
正義とは何か。進歩とは何か。そして理想とは何か。
まずこう問われてすぐに答えられる者はそうはいない。それ程までにどれもあやふやなものであるからだ。
しかしそれに燃える者も多い。人間とは正義感を持っている。それを否定することも多くの者はできないだろう。余程ひねくれた世界観を持たない限りは。
だが人間の世界とは不条理である。それがすぐに正しい方向に行くとは限らない。むしろそれにより世界が狂ってしまう方が多い。
例えばナチスでありソ連である。彼等には彼等の正義があったのだ。これは紛れもない事実である。それによりどれだけの悲劇が生じようとも。
そうしただけでなく世界にはそれこそ人の数だけ正義があり理想がある。進歩がある。決して一つではない。中には怖ろしいものもある。先に述べたナチスやソ連だけではない。己の独善である場合も多々としてある。だがそれに気付かないのも人間である。人間というのは簡単に割り切れる程愚かではないが賢くもない。邪悪ではないが正義でもない。そうした不安定なものなのである。
そうした人間の世界は何時でも何処でも同じである。かって理想に燃えていてもやがてそれに疑問を考えるようにもなる。そして気付いた時には全てが手遅れだった。こうしたこともままある。
呪縛と言おうか。運命の女神達は無慈悲なものなのだ。人の運命は彼等により弄ばれているに過ぎない。そして人は同時に歴史の神にも弄ばれている。
フランス革命があった。欧州、いや世界の歴史に大きな一石を投じたこの革命は理想社会を築くかと思われた。しかし現われたのは血の粛清と弾圧に満ちた紅い天幕に覆われた世界であった。ロベスピエールの率いるジャコバン派はこれまでの既成の世界の全てを破壊し全く新しい世界を作ろうとした。その為に邪魔なものは全て破壊したのである。
まず王の首が飛んだ。そして王妃が。続けて貴族達が。やがて仲間やそれまでフランスを支えてきたものが断頭台に登り炎の中に投げ入れられた。神もなく理性というあやふやなものが崇拝されるようになった。血に支配された世界に理性があるかどうかは別問題であった。
そうした血に覆われた世界に一人の男が生き、そして死んでいった。この物語はその男の生涯についてである。
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