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銀河英雄伝説<軍務省中心>短編集
夕映えの中で
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 (私たちは苦しみと喜びの中を)
 gegangen Hand in Hand;
 (手を携えて歩んできた)
 Vom Wandern ruhen wir
 (今 さすらいをやめて)
 nun ueberm stillen Land.
 (静かな土地に憩う)

物悲しげな歌曲が、女流オペラ歌手の声で流れる。それは切ないようでいて、何かから解放されたかのような、静寂と救いのある歌だった。
オーベルシュタインはグラスの中のウィスキーを全てその胃に流し込むと、再びなみなみと注ぎ直して、今度は一口ひとくち、その舌の上で転がすようにして味わった。

無性に寂しかった。
孤独で良いと思っていたはずが、いつの間にか彼は孤独ではなかった。
執事や老犬や部下たちが、彼の傍らで、彼を孤独から引きずり上げていた。
そして皇帝が……。
それがまた、彼は自らの意思で孤独に戻ろうとしている。
その事実に気付かされたから、どうしようもなく寂しくなった。
しかし今更、彼は己の生き方を、そして死に方を変えることはできなかった。

安心したように無防備な顔で眠る愛犬を、起こさぬようにそっと撫でて、オーベルシュタインは瞼を閉じた。
流れる歌曲は、すでにクライマックスを迎えようとしていた。聴き慣れたその節を、グラスを右手に握ったまま、低く口ずさむ。

 O weiter, stiller Friede!
 (おお はるかな 静かな平和よ!)
 So tief im Abendrot.
 (こんなにも深く夕映えに包まれて)
 Wie sind wir wandermuede
 (私たちはさすらいに疲れた)
 Ist dies etwa der Tod?
 (これが 死というものなのだろうか?)

「……私たちは さすらいに疲れた……これが 死というものなのだろう……か」
震える薄い唇がその詩を紡ぐと、閉じた瞳からつうっと一筋、透明な滴が頬を伝う。
「これが 死というものなのだろうか……」
真剣に自分を諭した部下の顔が、瞼の裏で未だ彼を睨んでいた。執事の柔和な笑みが、愛犬の穏やかな寝顔が、曲の終わりの静かな和音とともに、浮かんでは消える。
はるかな静かな平和の中に、彼らの姿はないのだ。
オーベルシュタインは、もうぬるくなったウィスキーを呷ると、唇を噛んで息を殺した。殺し切れなかった嗚咽が、しばらくの間、老犬の耳を震わせていた。


※引用 リヒャルト・シュトラウス 4つの最後の歌より「夕映えの中で」

(Ende)

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