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銀河英雄伝説<軍務省中心>短編集
夕映えの中で
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もいませんよ。それどころか、皇帝を囮にした卑劣漢と、その死後まで冷笑され続けるでしょう。それでいいのですか?閣下は……」
フェルナーは少しの間呼吸を整えると、やがてゆっくりと念を押すように口を開いた。
「閣下は、死の瞬間までお一人で良いというのですか。誰にも理解されぬままで良いとおっしゃるのですか」
少しも感情を表さない2つの義眼を見つめながら、フェルナーは翡翠の両目をいっぱいに開けていた。誰が理解せずとも、自分だけは、否、せめて側近だけは、この不器用な上官を理解したいと思う。しかしその義眼は、彼の思いさえ拒絶するかのように冷ややかで……。
「ははは……」
唐突に、聞いたことのない笑声が上がった。それは決して大きくなかったが、心底可笑しそうで弾んだ声だった。オーベルシュタインが口元をほころばせて、低い声で笑っているのだ。
「……はは……よもや、卿がそのようなことを口にするとはな……はははは……」
そう言いながら、大真面目なフェルナーの顔を見やって笑う。こらえきれないといった様子で、オーベルシュタインはひとしきり笑い続けた。
「人が心配しているのに、笑うなんて失敬ですよ、閣下!」
半ば拗ねたようにフェルナーは憮然として言ったが、上官の珍しい姿を見るのは嬉しくもあり、しかしどこかで、先ほどから感じている不気味で不可解な感覚を拭い切れずにいた。
「……ああ、すまなかった。あまりにも、普段の卿からは想像できぬ発言だったのでな」
オーベルシュタインはすーっとひとつ深呼吸をすると、いつもの人間味を感じさせない顔に戻って、
「手に馴染む使い勝手の良い物だった。卿が新たにこれを下賜された時には、墓前にでも置いてくれ」
そう言って黄金獅子の万年筆を部下へ手渡した。
右手の中で鈍く輝く万年筆を、フェルナーはしばらく見つめて動かなかった。



 決して華美とは言えないが、上品で造り込まれた小テーブルに、ウィスキーの瓶とグラスだけが置かれていた。執事に持って来させた逸品を、オーベルシュタインは書斎で一人、その体へ流し込んでいる。グラスは結露して、無数の雫を滴らせていた。実用本位の広くはない部屋の片隅には、骨董品のオーディオセットが置かれており、そこからは今、古い歌曲が流れていた。
風呂上がりの身体からはほのかにシャンプーの香りが立ちのぼり、足元には主の供をして心地よい湯を堪能した老犬が、すやすやと寝入っていた。
「誰にも、理解されぬ、か……」
フェルナーの言葉が、思わず笑い飛ばしてしまった言葉が、奇妙に胸の中に残っていた。理解などされなくとも良いと思っていた。もとより、理解を求めようなどと考えてはいなかった。これまでの人生で、誰かに理解されたことなど、ありはしないのだから。

 Wir sind durch Not und Freud
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