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銀河英雄伝説<軍務省中心>短編集
光さす部屋
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 ラーベナルトは幼い主人の肘にできた傷に、消毒液を垂らした。
「……っ」
少年が息を飲むのが分かる。それでも健気に噛んだ唇が、青白く血の気を失っていた。
「ねぇ、ラーベナルト」
手当てを終えた腕を反対の手でさすりながら、少年は時に優しく時に厳しい使用人の顔を見上げた。
「何ですか、パウルさま」
応急セットを片付けたラーベナルトは、柔和な笑みを浮かべて腰を落とすと、物言いたげな幼い主人と視線を合わせた。幼い……まだ6歳になったばかりのパウルは、その薄茶色の両目を潤ませていた。無機物であるはずのこの瞳が、どれだけこの子どもの内面を映しているか、知っているのはおそらくラーベナルトだけであろう。少年の実父は、生まれながらに盲目だった彼を激しく嫌悪し、実母は彼の瞳に自身の罪を見て目を逸らすばかりだった。
「父上のお怒りは、どうしたら冷めるのだろう?ぼくが悪いのは分かっているけれど、でも、ぼくは……」
パウルが全てを言い終える前に、ラーベナルトは小さな頭を胸に抱いてやった。柔らかな髪を撫でているうちに、少年は嗚咽を漏らし始めた。10歳にも満たぬパウルの頭には、既に白いものが目立っている。病気がちな体質ゆえか、健全な成長のための肥料が、まともに与えられぬゆえなのか、ラーベナルトには判然としなかった。
遺伝子が悪い、生まれが悪い。生まれながらに罪を背負っていると、実の父親に罵られ、容赦なく殴りつけられる少年の傷を、果たして自分は、どのような方法で癒せるというのだろうか。形ばかりは豪奢で文句のつけようもないこの部屋を与えられて、蔑まれて育つこの少年に、自分は何を与えられるだろうか。
大人しく抱かれていたパウルが、もぞもぞと動き出して頭を上げた。流した滴の痕がその青白い頬を赤くしていたが、表情はもう、普段の穏やかなそれに戻っていた。
「ごめんなさい。またラーベナルトを困らせた」
何かを達観したかのような静謐な笑顔を、パウルはラーベナルトへ向けた。
笑えるはずがないと、ラーベナルトは思う。殴られてできた傷の痛みも、抉られるような心の痛みも癒えてはいないのに、このような優しい笑顔を作れるはずなどない。子どもは驚くほど周囲に気を配り、均衡を保つよう努力するものなのだと、パウルの世話を始めて気付かされた。どのような状況下でもこの少年は、大人たちを安心させる術を持っていた。
「パウルさまが謝ることではありませんよ。それと、嘘をついてはなりません」
どこか悲しげな口調で、ラーベナルトはそう言った。
「嘘?」
執事の言葉の意図が理解できず、パウルはただ真っ直ぐに相手の目を見つめた。ラーベナルトはそっとパウルの肩に手をやると、噛んで含めるように言葉をつなげた。
「そうですよ、パウルさま。泣きたい時に笑うのは、ご自分の心に嘘をついていることになります。お分かり
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