第十六章 破滅
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一張羅がだいなしだぜ。」
ほっと胸をなでおろし、石井は五十嵐を抱き寄せ歩き出したが、ふと、足を止め振り返ると、血に染まった風防ガラスに向けて合掌した。五十嵐も慌ててそれにならう。その頬を涙が伝う。
二人は再び歩き出すが、五十嵐の涙は止まらない。石井は立ち止まり、その肩に手を置き語りかけた。
「いいか、片桐さんはようやくこの世の地獄から逃れられたんだ。今はきっとほっとしている。それに男としてケジメをつけたかったんだ」
「それは分かっている。でも、何であんな教祖と出会ってしまったのかしら。もし、出逢わなければ、きっと立派なデカとして、人生を全うできたはずよ」
「それはね、神様から与えられた試練なんだ」
「神様?」
「そう驚くな、俺は神様を信じているんだ。その試練に、片桐さんは押しつぶされてしまった。でも、きっと次はウマくやると思う」
「次って、つまり、輪廻転生ってこと?」
「ああ、その通り。人生は一回こっきりじゃない、何度でもやり直せる」
「ふーん、でも、そうかもしれない。そう思ったら何だか気が楽になったみたい」
「そうだ、そう思えばいい。人生に失敗はつきものだ。でも、生きている限り、やり直しはきく。たとえ死んでもまたチャンスはある」
「分かった、そう思うことにする」
二人は頷き、ほほえみあい、そしてまた歩き始めた。
屋上のドアの手前で来て、五十嵐が「あれっ、いけない」と言って立ち止まった。石井が何事かと顔を向ける。
「忘れてた、山口君、倉庫に監禁されたままだわ。助けてあげないと。」
にこりとして石井が答えた。
「よし、二人で助け出そう。」
「でも山口君、真治のこと分かるかしら。ひどい顔よ。」
「そんなにひどいか。」
二人は笑いながらエレベーターに向かった。
石井の前に、足早に階段を駆け下りる五十嵐がいる。ちょっとびっこを引きながら石井がその後を追う。五十嵐の後ろ姿を見ながら、石井は思った。「空」のことは五十嵐だけには話そうと。
笑われるかもしれないが、それはそれでかまわない。あの時、神が富士山頂で見せてくれた光景、雲が波うち、舞い踊り、そして消えた。再び現れると今度はゆっくりと舞い、そして一瞬にして消失したのだ。
単に水蒸気の気温による変化と気流の悪戯に過ぎないのだろうが、それは神が石井に真理を感得させるために起した現象なのだ。石井は一人で納得し、にこにこしながら何度も頷いた。窮地を脱した安堵感と難問を解いた爽快感が心を満たしていた。
しかし、石井は、遅れてくる石井をちらりと見上げる五十嵐の目に猜疑の色が宿っているのに気付いてはいない。五十嵐の脳裏には教祖の言った言葉がこびりついている。
教祖は、石井が香子をたぶらかしたと言った。「たぶらかした」とは、いったいどういうことをしたのか
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