第十六章 破滅
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に吊られている状態で飛んでいるような感覚を楽しんでいた。空気が薄く、さらに冷気が体の体温を奪い、意識は朦朧としていた。しかし体全体は恍惚に包まれていた。
このまま死を迎えてもよいと思った。口を大きく開けると強烈な風圧が唇をぶるぶると震わせ体の中を空が通り抜ける。地平線は丸みを帯びその周辺は雲に覆われその輪郭は定かではない。
左に島影が見える。伊豆七島だろうか。右には雲のまにまに富士の頂が顔をのぞかせている。ふと、石井の視線は眼下の雲をとらえた。雲が踊るように波打ったからだ。雲の波は渦を巻きそして一瞬にして消えた。その直後、同じ位置に再び雲が現れたのだ。その雲は今度はゆっくりと波打ちながら舞うように移動を始めた。そして一瞬のうちに再び消えしまった。まるで魔法でも見ているような光景だ。ふと、何かがすっと脳膜内に入り込んだ……。
衝撃が走った。雷にでも打たれたような衝撃だ。思わず叫んだ。
「何てこった、何で、何で、こんな簡単な理屈が分からなかったんだろう。神がこんなに身近に潜んでいたなんて思いもしなかった。何のことはない、空が神じゃないか。今、神が見せてくれた。今、空が雲を作ったように、空が宇宙を創造したんだ。ってことは、空が神ってことだ。そして雲が波打ったように、空も波打っていたんだ。」
全てが一瞬にして見えた。歓喜が石井の体内に入り込んできた。心の底から歓喜がこみ上げてきて、そしてはじけた。石井は恍惚として笑い続けた。その笑い声は強烈な風圧によって瞬時に掻き消された。しかし歓喜はそれを押しのけ後から後から湧き出てくる。
ふいに五十嵐が顔をのぞかせた。何か叫んでいる。石井は我に返った。五十嵐は聞こえていないと分かるとヘリから身を乗り出してくる。石井もパイプに掛けた手に最後に残った力を振り絞り、体を持ち上げた。二人の顔と顔が近づく。
「上がってもいいって。」
「何だって?」
「片桐さんが、中に入りなさいって言っているわ。」
朦朧とした意識に安堵感が広がった。途端に恐怖が襲ってきた。体中が震えていた。今、自分の置かれている危険な状態を意識し、高所恐怖症が甦った。五十嵐が叫んだ。
「さあ、この輪に体を通して。」
ロープの先になるほど丈夫そうな皮の輪が繋がっている。それを体に巻きつけ、そしてベルトをはずした。ロープがぴんと張り、石井の体は持ち上げられた。キャビンの中に引っ張り込まれ、石井は五十嵐の体を抱きしめた。五十嵐の柔らかな体がその体温を伝えてくる。片桐が声をかけてきた。
「下に取り付いたのは分かっていた。よく落ちなかったな。」
張りのある大きな声だ。
「ああ、まだ死にたくなかった。」
震えながら答えた。
「お前さん、優秀な刑事だったらしいな。昔の仲間に調べさせた。」
五十嵐が聞いた。
「ということは、片桐さんも警視庁?
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