第十六章 破滅
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をクビになった日、お前は絶望の淵で泣き喚いた。何とかしてくれってな。魂を売ってもいいって。だから俺が来てやった。俺を忘れたのか。あの世で一緒だった俺を。だからいい夢を見させてやった。お前は何もかも手に入れた。もう思い残すことはないだろう。」
一瞬、杉田の顔に怯えの色が走った。しかし怒りの方が優った。
「訳の分からないことを言いやがって、貴様など殺してやる。」
杉田は満のジャケットの襟首をつかみ、キャビンから落そうとする。満が振り返り叫ぶ。
「そうか、俺を殺すのか。それもいいだろう。あの世で待ってる。お前も早く来い。はっはっはっはっは」
「黙れ、黙れ、黙れー」
次の瞬間、満をキャビンから突き落とした。すぐさま後方のドアを開けると落下してゆく満に向かって叫んだ。
「ざま見ろ、ざま見ろ、地獄に落ちろ。はあ、はあ、はあ・・・ん、何だ?誰だ貴様は。」
(三)
石井は恍惚の中にいた。その恍惚は・・あれに近いと思った。と言うことは、死に近づいているということか?かつて石井はナイフで刺されて死にそうになったことがある。心臓の鼓動とともに肩から血が噴出していた。その時、石井は朦朧とした意識の中で強烈な恍惚感を味わっていたのだ。
医者に言わせると、それは脳内麻薬物質が大量に放出されるために起こる現象ということになる。しかし、石井はあの微妙な感覚は単にそれだけのものではないと確信していた。その微妙な感覚とは、がんじがらめに縛られた物質から、つまり自らの肉体から徐々に開放されてゆくという感覚なのだ。
この悦楽は肉体のあらゆる快楽とは異なる。しかし、ある時、・・あれに似ていると思った瞬間がある。それは一日ゲレンデで滑って、あのきつく締め付けていたスキー靴を脱いだ瞬間だ。足全体に感じた開放感がその悦楽にほんの僅かに似ていると言えないこともない。
その微妙な開放感を千倍にも、万倍にも増幅させた感覚なのだ。肉体とその周辺の境が次第に希薄になって、体が溶け出すような感覚。肉体と言う重い鎧を脱ぐことによる開放感をも含んで、空と一体化するような感じがした。
そして思った。神は優しいと。たとえそれが脳内麻薬物質によって引き起こされた現象であったとしても、死を迎える人間に苦痛を和らげる仕組みを作っている。そのことが神は優しいという、その証左としか思えなかったのである。
視界に影が走る。石井の視線は一瞬、声は聞こえないものの、けたたましく高笑する満の顔を捉えた。落下してゆく満の顔には恐怖の色はない。何が可笑しいのか小さく遠ざかる顔はまだ笑っていた。
ふと気配を感じて見上げた。髪を振り乱した男と視線が合う。目は血走り頬が風圧を受けて小刻みに震えている。何かを言ったがその声は聞こえない。誰なのか思い出そうとするが朦朧とした脳髄は何の反応も返してはこな
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