第十一章 落ちた偶像
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溢れた。しかし、石井は確信していた。死による別れは悲しいものだが、いつか再びめぐり合えることを。
(三)
保科は、この世にもあの世にも地獄があると語った。実は石井も同じ真理を確信していたのだ。同じ真理に到達した二人が、人生と言う旅路のほんの一時会いまみえた。不思議な縁としか言いようがない。この世でも愛の欠落した人々が相集えば、その空間は地獄の様相をおびるであろう。あの世の地獄も同じようなものだ。
石井の霊界のイメージはスエデンボルグの著作の影響で形作られた。彼はこの世と隣り合わせでもあり、しかし人間世界とは明らかに次元を異にするあの世の様子を微にいり細にいり語っている。
彼が言うには、霊界は「天界」、「地獄界」、「霊たちの世界」という三つの領域から成る。すべての人々は死後、「霊たちの世界」に入り、その人の帯びた愛の度合いに応じて「天界」へ或いは「地獄界」へと進んでゆくと言う。従って輪廻転生は否定されている。
スエデンボルグの語る地獄には奇妙にも刑罰的な色彩はない。悪人は自ら好んで地獄界に入る。自らの穢れが地獄界の腐った臭気を求めさせるのだ。天界には天界の、地獄界には地獄界の波長があり、霊達はそれぞれの波長に引き寄せられるのである。
この世の人間は天界とも繋がっているが、同時に地獄界とも繋がっている。時として沸き起こる崇高な思いと悪魔的な思い。こうした迷いは誰もが体験していると思うが、人間は常に、隣り合わせに存在する霊界の霊達の思いに晒されているのである。
しかし、人間には自由意志があり、両者を選択する能力を有するとスエデンボルグは言う。
保科香子はこの世の地獄から抜け出してきた。恐怖は人間の心を凍てつかせる。恐怖の呪縛から逃れるのは至難の業だ。しかし、何が彼女をそうさせたのかは分からないが、彼女は悪霊たちの誘惑に打ち勝ったのだ。
石井はそのことを思って涙を拭い、良かったと心の底から思う。何故なら、再びあの世で会えるからだ。霊界では類似は結合し、異種は分離すると言う。彼女は教祖の力を目の当たりにしてきた。恐怖の度合いは石井の比ではなかったはずだ。石井は彼女の勇気を心から祝福し、そして、少しだけそれを貰ったような気がした。
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