第十章 神と霊
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取ってきますので。」
「お、俺も・」
と言う田村に、
「お偉いさんは、奥にでんと構えていて下さい。こんな仕事は下っ端の仕事です。」
と言って、石井は手で制した。小林と呼ばれた初老の刑事が頷いて、石井に目顔で合図し先にたって歩き出した。五十嵐が部長と呼んだのは、職階が巡査部長ということだ。取調室に入ると石井が言った。
「小林さん、呼ぶまでしばらく二人にしてもらえませんか。」
一瞬、憮然とした顔をしたが、にやりとして答えた。
「いいでしょう。」
小林が部屋を出てしばらくして五十嵐が入って来た。小林から事情を聞いたようだ。二人は机に向かい合い、見詰め合う。石井は微笑むが、五十嵐の表情は固い。彼女にとって別離の瞬間と今とは連続しているのだ。石井は、話のきっかけを作った。
「あの小林刑事は残り少ない本物のデカだな。」
五十嵐が漸く口を開いた。
「ええそうよ。あの人のおかげで犯人と思われる杉田満に行き着いたの。」
「なに、捜査本部は杉田満に行き着いていたのか?」
「いいえ、捜査本部ではないの。私達、いえ、本当は小林刑事よ。でも政治的な力が加わって、少年法やらなんだかんだで横槍がはいってしまった。あの教祖は、息子を死んだと思わせて捜査の目から逃れさせようとしたの。きっとそうよ。」
石井は笑いながら言った。
「おい、待ってくれ。せっかく小林刑事にお願いして二人きりにしてもらったのに、仕事の話が先じゃ、俺の立つ瀬がない。」
五十嵐が苦笑いを浮かべる。石井が優しく話しかける。
「元気だった?ずっと会いたかった。」
石井は五十嵐の手を握った。五十嵐はその手をじっと見詰める。石井の優しい眼差しが、意固地に傾く心を溶かしてゆく。自分に正直になれ。五十嵐は自分を諭す。視線を上げ、そして答えた。
「私もよ。」
小林刑事が部屋に呼ばれたのは10分もたってからだ。石井は迷ったが、保科香子のことは触れないことにした。何故なら12月20日までまだ間があるからだ。そう決意するとすぐさま供述に入った。
ようやく語り終え供述調書に署名した石井は、ほんの少し前の濃厚なキスの味を思い出しながら、既にこの場では、自分が部外者であることに気付いた。五十嵐もそのことを思っているようだ。五十嵐には、これからやるべき仕事が山とある。石井は立ち上がり、二人に声をかけた。
「これで全てです。後は警察にお任せます。二人とも頑張って下さい。」
部屋を出ようとすると、五十嵐が近付いてきて、そっとメモを手渡した。
小林から話を聞いた田村警部は、部下達をがなりたて、怒鳴りまくりながら、指揮をとる自分の姿を、警視庁の落ちこぼれの石井に見せ付けている。鼻の穴を膨らませ、ちらりちらりと視線を石井に投げかける。田村警部は石井と同期だ。
石井は皆に一礼して捜査本部を後にした。
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