第十章 神と霊
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えば当時の捜査四課長、失脚した駒田課長の単なる思い付き人事でしかなかったのだ。
出世を気にする駒田課長は田村警部ほど露骨な態度はとらなかったが、彼の視線には卑猥な色が見え隠れしていた。結局、自分は思い上がっていた。それに石井がまさかあんなにもあっさりと自分の元を去るとは思ってもいなかったのだ。
「どうして、どうして、別れなければならないの。」
五十嵐の必死の抗議に、石井は酒に酔って呂律が回らず、訳の分からないことを呟くばかりだ。受話器を通してあの厭な臭いを嗅いだような気がした。それは父親の臭いだ。酒に酔って自分を誤魔化す。やはり刑事だった父を一瞬思い出した。
「いいわ、それなら、別れてあげる。貴方がそれを望むのなら、きっぱりと貴方を忘れる。さようなら。」
ガチャンと受話器を置いて泣き伏した。
捜査本部の緊迫した空気が不意の闖入者を認めて淀んだ。はっとして振り向き、部屋の入り口に目をやった。石井がそこにいる。石井を知らぬ綾瀬署の刑事が立ち上がり声を掛けた。
「すいません、ここは一般の方は立ち入り禁止なんですが。」
石井はにやりとして答えた。
「そうですか、それは失礼しました。でも私のことは警視庁捜査一課の榊原さんから伝わっていると思いますが。」
「あっ、あの情報提供者というのはあなたでしたか。どうもすいません。てっきり受付を通して来られると思っていたものですから。」
奥の部屋からずんぐりとした背の低い男が顔をだし、慌てて近付いてくる。石井も良く知った男だ。ろくな男ではない。榊原から聞いていたが、すすんで証言するのが厭になるほどこの男には足を引っ張られ辟易したものだ。
田村警部はそんな過去など置き忘れたかのように親しげに微笑んでいる。
「そいつは元刑事だ。受付など通るわけがない。おい、石井元気でやっているか。」
握手せんばかりの勢いだ。刑事達も立ち上がり、石井に近づいてくる。ふと若い刑事の後ろに見え隠れする女性らしき髪が気になった。ちらりとその顔を覗かせた。困ったような顔をして微笑んでいる。
石井の心は一瞬にして歓喜でいっぱいになって、思わず微笑んだ。二人の視線は刑事達のいる空間とは別の空間であるかのようにからみあった。石井は田村を無視して五十嵐に近付いた。二人の視線に気付いた若い刑事が道を開けてくれた。石井が声をかけた。
「久しぶりだね。まさか君に会えるとは思いもしなかった。そうだ、君に証言しよう。君に供述調書をとってもらおう。」
田村警部が慌てて石井の肩に手を置いて
「いやさっきから部屋で君を待っていたんだ。さあ、こっちで頼む。」
石井は田村を無視して歩を進め五十嵐を促した。五十嵐は戸惑いながらも石井の誘いを受け入れ、傍らの刑事に声をかけた。
「小林さん、いや部長、取調室へお願いします。私はノートパソコンを
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