第九章 逃亡
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、しばらく放浪の旅に出るそうですよ。」といって翌朝事務所に現れた時、石井の顔に思わず苦笑いが浮かんだ。富良野に逃げたのだ。その日以来、磯田の携帯は留守電になった。
(二)
片桐の拳が若者の顎に炸裂し、若者の体がその場に崩れ落ちた。血の滲んだ唇を歪ませ片桐を恨めしげに見上げた。そこは白い壁に囲まれ、何台ものテレビモニターとコンピューター機器が並ぶ10坪ほどの事務所である。どすのきいた唸り声が響く。
「なんだ、その面は。俺に逆らおうっていうのか。えっ、おい、どうなんだ、重雄。」
重雄は視線を落とし、押し黙っている。その腰を片桐が蹴り上げた。重雄は這いつくばり壁側に逃れた。
「この新聞記事を見ろ。五反田で発見された女性の遺体は連続殺人魔の犠牲者ときた。死体は発見されるわ、小僧に逃げられるわ、いったいテメエ等は何をやっていたんだ。おい、四宮、樋口。」
直立不動で立ちすくむ二人の男達の脚は震えている。
「二人がついていながら何だこのていたらくは。」
四宮がごくりと唾を飲み込むと答えた。
「まさか死体が発見されるとは思ってもいませんでした。それほどきっちりと地均しをしておいたんです。本当です、樋口も俺もそれこそ真剣にやりました。」
「馬鹿野郎。それでも発見されたんだ。まだ十分じゃなかたってことだ。いいか、言い訳はたくさんだ。小僧のことだってそうだ。厳重に見張っていればこんなことにはならなかった。気が緩んでいた証拠だ。」
コツコツコツと靴音を響かせ、片桐は部屋を横断して壁際にある覗き窓の蓋を開けた。眼下には100畳敷きの道場で瞑想する信者が列をなしている。中には憑き物にでも憑かれたかのように全身を痙攣させている者もいる。
片桐はふんと鼻でせせら笑い、振り返って言った。
「今、何人動いている。」
「親衛隊員が全員ですから32名です。」
「よし、口の固い出家信者をもう30人ほど動員しろ。それから、女の写真はかまわんが、小僧の写真は見せるだけだ。頭に記憶させろ。いいか、分かったか。」
三人の男達がそそくさと部屋から出て行った。その時、電話のベルが響いた。
「はい、片桐です。」
「こっちに来てくれ。」
悟道会教祖、杉田啓次郎のお呼びである。
重厚なドアを開けて部屋に入ると、正面には大統領執務室にあるような豪華な机、その前に牛革製のゆったりとしたソファーが置かれている。杉田は例の手紙を片手にかざし、葉巻の煙に顔をしかめソファに腰掛けていた。
近付いてゆき、その横に立つと、目顔で前の席に座れと言う。片桐はゆっくりとソファーに腰を落とし、教祖を見詰めた。かつての脂ぎって精気に満ちた顔が、今は見る影もなく干からび、不安と焦燥にかられる小心な男のそれがあった。手に握る手紙が小刻みに震えている。
「何度も聞くが、この手紙を読んだの
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