第四章 再会
[1/7]
[8]前話 [1]次 最後 [2]次話
(一)
分厚い絨毯の感触を靴の底で楽しみながら、石井はホテルの奥のラウンジに向かった。普段はラフな格好が多いのだが、たまにはスリーピースで決めるのも悪くないと、鏡に映った姿を横目でチェックする。広いゆったりとしたスペースを眺めた。保科香子はすぐに見つかった。
やたらひらひらしたドレス風の姿に、住む世界の違いを思い知らされたが、今日のスリーピースはイタリー製だ。気後れすることはない。香子は小さな日本庭園に面した席で一人コーヒーを飲み、秋の気配の忍び寄る庭園をうつろな目で眺めていた。
ガラス張りのラウンジに臨む小さな日本庭園は、周囲を高い板塀で囲まれている。その裏に回ればビル群が林立しているというのに、塀に遮られた視界には青い空しか入ってこない。その高い空に一本の細長い雲が架かっている。
ゆっくりと近付くが、視界の端に入っているはずなのに、香子は視線を向けようとはしない。しかたなく目の前に佇んで声をかけた。
「座ってもよろしいですか。」
香子が初めて視線をむけた。睨みすえるような視線が一瞬ゆれた。
「石井君?」
「ああ。」
しばらく見詰め合った。懐かしさが溢れて二人を包んだ。
昔と少しも変わっていない。艶やかな肌はまだ少女のように輝いている。長い睫が何度もゆれてその目に涙を滲ませている。思いがけない再会を心から喜んでいるようだ。その様子がかえって石井の心を重くした。
「何年ぶりかしら。石井君、早稲田に入ったって聞いたけど、やっぱりサッカーで入ったの。例の特待生みたいなやつで?」
二人の時間は一瞬にして高校卒業の頃に戻っている。
「サッカーは高校で終わりさ。スポーツ推薦で入れるほどの才能はなかった。一浪してやっとこ早稲田に滑り込んだ。」
「何年ぶり?」
「12年ぶりだ。確か短大を卒業してすぐ結婚したって聞いたけど?」
「若気の至りよ。10歳も年上の人だった。すぐ離婚したの。でも、もし高校卒業の時、石井君が今日のように気さくに話しかけてくれていたら、私の人生も変わっていたかもしれない。」
「僕に気があったって?」
「学校中の女の子の熱い視線を浴びていたわ。私もそのうちの一人。」
「僕にはサッカーしかなかった。3年最後の試合に負けてから腑抜け同然になっちゃって、女どころじゃなかった。」
「あの試合の時は本当に泣いちゃったわ。貴方は芝生に座り込んじゃって放心状態。仲間から手を差し伸べられてやっと立ち上がった。その姿、今でも目に焼きついているもの。」
遠い昔の悔しさは苦い思を呼び覚ますと言うのに、どこか甘い香りが漂う。しかし、石井はその甘い香りのなかにいつまでも浸っているつもりはなかった。石井の沈痛な表情に気付いて、保科香子が聞いた。
「でも、どうして、どうしてここにいるの。まさか偶然?」
「いや、偶然
[8]前話 [1]次 最後 [2]次話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2024 肥前のポチ