第一章 目撃
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や、それより何故連れもなく一人だったのか?それに急ぎ足で何かに追われているような切羽詰った様子が気になった。
その日、喫茶店でレポートを仕上げるといつの間にかぐっすりと寝込んで、気が付くと午後4時を回っていた。おもむろに煙草に火をつけ、煙を肺に送り込む。ふと、先輩の実家が行徳だったことを思い出し、家に寄って線香を手向けようと思い立った。
石井は元警察官で、その先輩には在職中なにかと世話になった。先輩は二年前殉職したのだが、当時、石井はアル中で入院しており、葬儀に出席出来なかった。機会があれば線香を手向けたいと思っていたのである。
先輩のマンションは駅から歩いて5分、総武線の線路と平行に走る細い道沿いにあった。かつて農道であったと思われる道は、一杯飲み屋やスナックが軒を連ねてくねくねと続いていた。先輩である坂本警部と、かつて飲み歩いた道である。
あの頃、坂本警部はまだ離婚していなかった。奥さんは、二人の酔っ払いに顔をしかめながらも温かく迎えてくれたものだ。しかし、石井が奥多摩の駐在に左遷され、しばらくたって二人が離婚したと風の噂で聞いた。夫婦に何が起こったのか知るよしもない。
歩きながら、ふと、顔を上げた時、思いもよらぬ男の顔を見出した。榊原警部補である。榊原は背広を肩にかけ両腕を組みながら歩いてくる。石井は思わず立ちどまった。3メートルの距離になるまで、榊原は石井に気付かない。
榊原警部補は、かつて奥多摩の駐在所に訪ねてきたことがある。石井の関わった事件の再捜査をしていると言った。バーボンウイスキーを二本持って現れ、朝まだ付き合わされた。酔った勢いで何を喋ったのか、まるで覚えていない。
榊原が目の前に佇む男に気付き、視線をあげた。一瞬、その顔に驚きと喜びの表情を浮かべ、「おい、石井じゃないか。お前もこれから坂本の所にゆくところか。」
と言うと、つかつかと寄ってきて石井の肩をつかんだ。
「ええ、たまたま行徳に来たものですから。線香でもあげようと思って。」
「ワシもその帰りだ。実に奇遇だ。いや、坂本がワシ等を引き会わせてくれたんだろう。おい、線香をあげた後、用事はあるのか。」
「いえ、ありません。後は家に帰るだけです。」
「どうだ、一杯。ワシはこの店で待っている。ちょいと早いが、たまにはいいだろう。付き合え、いいだろう。」
そう言って目の前の居酒屋を指差した。
「ええ、かまいません。しばらく待っていてください。」
(二)
石井が店の入り口から顔を覗かせたのはそれから一時間もたってからだ。
「線香一本あげるのに随分と時間くったじゃないか。こっちはそろそろ出来上がりそうだ。あの婆さんにつかまったのか?」
榊原は苦笑いしながら石井のグラスにビールを注ぎ、二人はグラスを合わせた。
「ええ、ちょと
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