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予言なんてクソクラエ
第一章 目撃
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る。
 石井はすぐにでも水分を補給しようと思ったが、ワイシャツが汗で湿っているので、若者に混じってしばらく涼むことにした。雑誌を見る振りをしながら、何気なく例のホテルに視線を向けた。すると、ホテルから一人の女が出てきた。連れはいない。
 女はサングラスをかけ、帽子を目深にかぶっている。スタイルは抜群でジーンズがその長い脚をぴったりと覆っている。白地のTシャツがゆさゆさと歩くたびに揺れる。重そうなバストだ。女が俯きながら急ぎ足でこちらに近付いてくる。
 女は道の反対側を歩いてくる。大き目のサングラスで顔は良く分からないが、すっきりとした鼻梁から推察すれば、かなりの美人のようだ。その時、ふと、顎の黒子に気付いた。ガラス越しにじっと彼女の顔を覗きこんだ。
 最初は他人の空似だろうと思った。しかしその黒子の位置は同じだし、顔の造作も幾分丸くなった印象を受けるが、思い出の人の面影と重なる。しかし、サングラスでその瞳が隠され、どうしても確信が持てない。彼女が目の前を通り過ぎていく。

 初恋の少女の面影が蘇る。俯いた時の頼りなげな目元、視線をあげた時の涼しげな瞳。そのサングラスに隠された瞳が見たいと思った。石井はその後姿を見詰め、声を掛けたい衝動に駆られた。しかし、女はラブホテルから出てきたのだ。そんな訳にもいかない。
 その初恋の相手を見初めたのは中学1年のことだった。石井はいつものように先生の声を遠くに聞きながら、ぼんやりと朝靄のかかる中庭を眺めていた。靄の彼方に黒い影がほんのりと現れた。石井の視線はまだ焦点も定まらずぼんやり宙を漂っていた。
 ふと、石井は目を凝らした。見たこともない少女が朝靄の中から突然現れたのだ。石井の視線は釘付けになり、移動する少女の姿を追った。少女が目の前を通り過ぎる。教室の窓から見詰める石井など気付かぬ素振りで再び靄の中に消えていった。
 後で知ったのだが、少女は東京から引っ越して来て、その日、一人で登校してきた。群馬の山の中に東京育ちの女が紛れ込んだ。それまで構内で人気のあった女達が急に色褪せ、田舎じみて見え、やはり東京もんは違うという印象を男達に与えた。
 石井は同じ高校に進んだが、結局、彼女とは一言も話すことも出来ず、卒業後、ぷっつりと縁が途切れて、もう会うこともないと思っていた。しかし、石井の心には朝靄の中から現れた少女の姿が神秘的なベールをまとい焼き付けられていた。

 石井は去り行く女の後姿を見詰めた。彼の思い出の女性は東京の短大を卒業して何年かの後、墨田区で社長婦人に納まったと風の便りに聞いた。石井は心のどこかで手の届かない存在となった彼女と再会することを願っていた。それが今日だったのだろうか。
 遠ざかる後姿がしだいに小さくなり、角に消えた。果たして本当に彼女だったのだろうか。浮気?あの彼女が?い
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