夏の日暮れの心象風景
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塵も崩さなかったこの上官でも、やはり緊張していたらしい。フェルナーは改めて上官の全身を視界に捉えた。
「お怪我はありませんか、閣下」
頭髪に多少の乱れはあるものの、軍服の破れや焦げは見受けられなかった。
「心配ない。卿は……」
大丈夫かと問おうとして、オーベルシュタインは言葉を切って前方を見やった。
「フェルナー准将」
来たか、といった様子で、フェルナーが笑顔を張り付かせる。この後の上官の言葉が、あまりにも明白だったからである。
「進路が変わったようだが、どういうことだ。目的地変更など聞いておらぬが」
演習場へと向かって飛行していたヘリコプターが、さらに郊外へと向かい始めている。
「さて、どうしたことか……」
フェルナーは視線を外して嘯いた。
立ち並ぶビルが減少し、代わりに木々の緑が増える光景を、オーベルシュタインは忌々しげに見つめた。
「フェルナー。まさかとは思うが、卿は……」
オーベルシュタインに詰め寄られて、フェルナーは宥めるように右手で上官の肩を叩いた。
「閣下が何をご想像なさっているかは存じませんが、ここは空の上で、私と閣下の二人きりです。もう観念なさるべきですよ」
ニコニコと極上の笑みを浮かべる部下を見やり、オーベルシュタインは再び「はあ」とため息を吐いた。行き先不明のヘリの上で「二人きり」と言われようとも、危機感を覚えはしなかった。危険が迫っているかどうかは、目の前の男の態度で判明する。この笑顔の表すものは、つまるところ、この部下の悪戯だとオーベルシュタインは思った。
「私はまんまと騙されたというわけか、この狸め」
心もち気の抜けた顔で、オーベルシュタインは部下を睨んだ。フェルナーは楽しげに笑ってから、ふと真顔に戻って上官の足元に置かれている大きな黒鞄を見つめた。多少の修正を加えつつも、計画は予定通り進行しているように見える。しかし……
「それで、どこへ向かっている」
下界の景色は完全に深い緑一色に染められ、空気が心なしかひんやりしているように感じられる。
「オーディン中央緑地公園です」
フェルナーが答えるまでもなく、公園上空に辿り着いたヘリコプターはゆっくりと下降を始めた。地上車で先回りしていた軍務省の省員たちが、いつの間にやら私服に着替えて、彼らの上官の到着を待っていた。
「閣下!!」
人だかりからやや離れた場所へ、木の葉を巻き上げながら、ヘリコプターは危なげなく着陸した。
「閣下だ!尚書閣下だ!」
フェルナーに促されて公園へ降り立つと、多数の将兵から聞いたこともない歓声が上がり、オーベルシュタインは身を竦めて瞠目した。準備されていたバーベキューセットも、いつの間にか並べられているテーブルも目に入らず、ただ多くの部下たちの歓喜の表情に、彼の目は釘付けになっていた。
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