夏の日暮れの心象風景
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「はぁ?避難訓練だ?」
日頃から冷静で堅実、事務官の鑑と評されるグスマン少将が、素っ頓狂な声を上げた。フェザーンへの移転を控えた軍務省ビルの、主不在の隙を狙って、官房長アントン・フェルナー准将をはじめ、首席秘書官シュルツ中佐、事務局長グスマン少将、護衛隊長ヴェストファル中佐など軍務尚書の側近が、尚書執務室に集っていた。
「移転間近のこの建物で、今更避難訓練なんてやって何の意味がある?」
階級も年齢も高いグスマンが、釘を刺すように年若い実力者を見やる。威厳ある眼光に睨みつけられた癖の強い銀髪の若者は、その頭髪よりも灰汁の強い笑みを浮かべた。
「もちろん、訓練なんて口実に過ぎませんよ」
しれっとそう言いのける軍務省ナンバー2に、グスマンを除く一同が困惑の色を示した。ただ一人、年長者のみが呆れたようにため息を吐く。
「では、准将には何か他にご意図がおありなのですか」
若い官房長よりもさらに若い秘書官が、それでもさすがは軍務尚書の首席秘書官だけある度胸で問い返した。
「ええ。それほどご大層な意図ではありませんがね。要するに、思い出作りをしたいんですよ」
「……!?」
頭は大丈夫かと、グスマンは問いたいのを堪えた。屈強な体格に似合わぬ菩薩のような表情の護衛隊長が、何かを思い当たったようにフェルナーと視線を合わせる。
「閣下に、オーディンでの思い出を、というわけですね、フェルナー准将」
ほうと、一同から感嘆が漏れた。
「さすがはヴェストファル。閣下のおそばを固める護衛隊というのは伊達ではないな」
フェルナーは素直に優秀な護衛隊長の洞察力を称賛してから、改めて側近一同を見渡した。
「つまりこうなんですよ。オーディンは閣下のお生まれになった故郷です。しかし、9月には大本営がフェザーンへ移転される。無論、軍務省も移転、閣下ご自身も、おそらく任務にある限りはフェザーンでお過ごしになることでしょう。いったん任地に着いてしまえば、本国との距離も考えると、そうそう戻って来られない」
「あの方の性格上、休暇を取ってオーディンへ来るなんて、まずあり得ないということか」
グスマンが言葉を継ぐと、フェルナーはヤー(その通り)と肯いた。
「おそらく退役されるまで、この地にはお戻りにならないでしょう。だからこそ、思い出をとね。それに……」
「それに?」
執務室の大時計が、昼の12時を告げた。まもなくこの部屋の主も、司令部から戻って来るであろう。
「閣下はさ、絶対、部下たちに嫌われていると思い込んでるんだよ」
殊更おどけた口調でフェルナーが言い置いた台詞に、側近たちは表情を曇らせた。
「防災訓練実施計画書か」
パウル・フォン・オーベルシュタイン元帥は、二つの義眼で部下の提出した書類を眺めてから、怪訝そうにその提出者を睨みつけた。
「
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