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銀河英雄伝説<軍務省中心>短編集
夢、見果てたり
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く過重労働を強いられている自身の唇を再び動かした。
 ――あと少し。総てを絶ち、事を終えるために。
「光のない世界に、影は存在し得ません。影は常に、光と共に終焉を迎えるべきものです」
彼らしい露骨な比喩表現であった。迫りつつあると誰もが認識していることであっても、皇帝の死を避けることなく口にするこの男は、やはり言葉を武器にする冷徹無比な存在であった。
だが明哲な話し相手は、そのような上辺の表現に欺かれることなく、その男の真意を悟り得るのだ。
 ――そう、この主君なら。身命を賭した一世一代の大舞台を、その意味を、理解するであろう。
主君から紡ぎ出された次の言葉が、それを決定づけた。
「卿はもう、満足だと言うのだな」
問いではなく確認でもなく、言うなれば、共感であった。大舞台に挑もうという男は、跪いたまま一礼した。その動きには、やはり内面や情緒といったものが一切反映されておらず、ある種の機能美を感じさせた。
「あらゆる後顧の憂いを、影が連れ去りましょう」
機械の瞳の中に、宇宙一の彫刻が棲んでいた。彫刻の瞳の中にもまた、機械仕掛けの半眼があった。無機物と有機物の二対が、この場に必要な総てを語っていた。
 ――やはり、この光がまた、私を孤独から解き放つのだ。

寝台の上から、跪く臣下に向かって、最高級の象牙細工を思わせる美しい手が差し伸べられた。

「予と、共に来るか」

主語も目的語も不要であった。皇帝には分かっていた。自分が(むくろ)となった後、目の前の男が如何様に遇され、消えていく運命にあるか。そうした生を強要されることが、どれほどこの男を苦痛のどん底に落とすのかを。なぜなら皇帝自身が、そのどん底から彼を引き上げたからである。

差し出された高貴な手に、青白い貧相な右手が寄り添う。その手は触れ合うかに見えて、しかし、青白い一方の手が空を掻いて落ちた。

「陛下のお傍に、私はもう必要ありますまい」
暗く深い穴の底を思わせる低い声が、確かに(ノイン)と告げる。
「影は影らしく、犯した罪に相応しい地獄(ヘレ)の業火に焼かれましょう」

光は沈み、影は消える。
宇宙最大の為政者であり、この男にとっての光は、音もなく嗤った。嗤った様相のまま、こちらも低く答える。

「卿の思うように、事を成すが良い」

その言葉は、果たして死後の選択を指したものであったか。それとも、残り僅かな生前の所業であるのか。

どちらの含蓄も理解した男は、これまでにないほど深く頭を下げた。伏せられたその貌に何を宿していたかは、定かではなかった。
 ――裁可は下った。あとは、時を待つばかりだ。


 「軍務尚書が見えぬようだが、あの男は何処にいる」
病室に集められた臣下たちを一瞥して、命数を使い果たそうとしている黄金獅子は
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