暁 〜小説投稿サイト〜
銀河英雄伝説<軍務省中心>短編集
夢、見果てたり
[1/4]

前書き [1] 最後 [2]次話
夢、見果てたり


光には影が従う
光が翳れば、影もまた……

 銀河帝国稀代の名君が、病の床に伏して幾日が経とうか。「変異性劇症膠原病」という奇病の名を突きつけられた歴戦の勇者たちの困惑、落胆、そして怒りは、日々その色を濃くしていた。皇帝(カイザー)の側近である二名の元帥にしても、表立って激昂する様子を見せなかったものの、内心はどの提督たちよりも波立っていた。何しろ、皇帝は為政者である前に全軍の力強い指揮官であったのだから、その存在を失おうという今、彼らはその穴に急ごしらえのコルクを嵌め込まねばならないのだ。実質的なものはもちろん、多数の将兵、臣民の精神的な空洞にも。

 嗚呼、しかし民たちは、やがて代わりとなる者を受け入れるだろう。
 美しく才智溢れる皇妃(カイザーリン)が、その精神(こころ)を掌握するに違いない。
 軍中枢は若く優秀な司令官が、政治中枢は類稀なる政治的センスを持つ皇妃が、ほどなく混乱を収めるだろう。

 ならば、私自身の精神(こころ)は、何によって埋められるだろうか。
 主君となるは唯一人と、まばゆく輝く黄金獅子(ゴールデン・ルーヴェ)に、総てを捧げんと歩んできた私の精神(こころ)は。
 埋めようのない欠落を、私は甘受せねばならぬのか。

 度を過ぎた形式のように思える書類の束を部下に手渡し、万年筆をペンスタンドへ戻すと、顎の下で両手を組んだ。頭部の重量をその両手へ預けると、白髪まじりの前髪がはらりと落ちかかる。書類を受け取った部下が物言いたげにこちらを見ていたが、半眼の両瞼を閉ざすことで、その存在を拒絶した。
部下の退室を待って、元帥服を纏ったその男も、消え入りそうな足音と共に執務室を出た。彼の頭脳に閃いた或る計画の裁可を、唯一の主君へと仰ぐために。

 「人払いを」
灰色の軍用ケープを翻して訪れた男の急な申し出に、侍医たちは狼狽の色を隠さなかった。皇妃と大公妃は次代の皇帝を腕に抱き、静かに病室を去った。寝台に横たわる全宇宙で最も美しい患者の意向を、医師は無言のまま視線だけで求めた。黄金の髪に白磁の肌を持つ専制君主は、低からぬ発熱によってその白い頬を朱に染めながら、「心配は無用だ」と、侍医たちを隣室へ退けた。
「いてもいなくても、予の寿命に差異はなかろう」
忌々しげに、しかしどこか諦念の相を感じさせる表情で呟く。その様が、招かれざる客人の胸を激しく叩いた。寝台の頭部を僅かに上昇させて、誇り高い皇帝は、自身より遥かに顔色の悪い臣下を傍らへ呼び寄せた。
機械の目を持つ臣下は、死の床にありながら尚その美を留める主君へ、最敬礼を施した。そこまでは常の彼らしく、無機的で熱のない仕草であったが、その流れのまま長身のその男は、片膝を折って寝台の脇に跪いた。
主君の氷蒼色(アイスブルー)の瞳が、大きく見
前書き [1] 最後 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2025 肥前のポチ