悪夢
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」
何となく娘は自分を避けているような気がしていたが、現実はそれ以上に深刻なようだった。娘の表情には嫌悪感が張り付いていたのだ。パパのお嫁さんになる、と言ったあの一場面は遠い昔に見た夢だったのだろうか。暗澹とした思いが胸を塞ぎ、娘の心に何が起こったのか想像も付かないもどかしさに苛立っていると、寝室の隣にある台所でドアの軋む音がした。
妻が朝食の支度をしに台所に立ったのだ。もう30分もすればダイニングに料理が並べられ、妻は僕を起こしに来るだろう。娘との絶望的な関係を数日前に思い知ったばかりだが、さらに、妻の僕に対する反応に絶望するかもしれないのだ。二人で培ったと思っている愛情を、僕のこのおぞましい姿がこなごなにうち砕いてしまうかもしれないのだ。
何度も何度も、深呼吸を繰り返した。妻の反応がどうあれ、それはそれで許してあげるしかない。僕自身、自らのおぞましい姿に絶望しているのだから。いずれにせよ、覚悟を決めるしかない。妻が迎えに来るのを待ち、妻の反応冷静に見極める。どんな現実が待ちかまえていようと、それに耐えるしかないのだから。
僕は瞑想してじっと待った。そして足音が響く。胸の動悸が高鳴る。ドアが開いた。どんな顔をしたものか迷ったが、毅然として、幾分笑みを浮かべてみるが、果たし微笑んでいるように見えるか否か自信はなかった。頬が強ばっているからだ。そしてドアを見詰めた。妻がドアの陰から顔をだした。僕は愕然として妻の顔をまじまじと見詰めた。妻が鱗顔で微笑んでいたのだ。
「あなた、ごはんよ。起きて。どうしたのハトが豆鉄砲でもくらったみたいな顔をして。私の顔、ヘン?」
僕はごくりと唾を飲み込むと、慌てて答えた。
「い、い、いや、いつもの通り、綺麗だよ」
とは言ったものの、自分の顔を見ていたから幾分慣れていたとはいえ、その顔は醜悪そのものだった。ブスとかシコメといった部類ではない。人類とはとても思えなかったのだ。
しかし、不思議なものである。ダイニングで食事を取りながら、テレビを見ていたのだが、その出演者が皆ウロコ人間なのだし、ゲストとして招待されている有名女優も鱗顔に笑みを浮かべて司会者の問いに答えているのを見ているうちに、妻の顔が次第に愛らしく感じ始めた。この女優には及ばないものの、少なくともテレビに映る女子アナよりはましだと感じていたのだ。
妻が、新聞を手渡して、目の前に座った。テレビを見ながら食事を始めたのだ。そして新聞に視線を落とした瞬間だった。その時、全てを思い出したのだ。つるっとした肌の人間は太古の昔に滅びたということを。僕らの祖先はDNAを操作して海に逃れたのだ。いや、最初は肺を備えた両生類として水辺に暮らし、その後、エラを備えた魚類へと姿を変えて海に暮らすようになった。
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