暁 〜小説投稿サイト〜
ウロコ人間
悪夢
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。そして最後にはこう結論するしかなかった。どうせおぞましいのなら、いっそのことこのままで通すしかないと。
  鱗で覆われていても自分は自分なのだ。問題は、こんなウロコ人間になった自分を家族が、そして社会が認めてくれるか否かだ。ふと、出世競争で激しく競り合っている小泉茂の顔を思い浮かべて血の気が引いた。
  小泉はゲシュタポ小泉と陰口を叩かれるほど陰険でしかも陰湿な男だ。役員に豪華なお中元お歳暮を贈っていることでも知られている。この点でも遅れを取っているというのに、奴はウロコ人間になってしまった僕を、陰で笑い者にし、取引先に対しても印象がよくありませんよ、などと役員に吹き込むに決まっている。怒りと屈辱で緑色の鱗が赤黒く染まる。醜い顔がさらに醜悪な色を帯びている。
 
  僕は、声を殺して泣いた。絶望の淵にうずくまり泣き続けた。これまで築き上げてきた平和な家庭も社会的な地位も全て失うかもしれないのだ。その恐怖に恐れおののき、体をうち振るわせて泣いた。そしてどれほどの時間が経過しただろう。泣き疲れて涙も枯れたと。ふと、諦念が僕の心にじわじわと広がってゆく。そして子供の顔を思い浮かべた。長男は大学、長女は高校生だ。二人とも私立だから学費もかかる。子供達のために気力を振り絞った。
  出世は諦めるしかない。よくよく考えてみれば、小泉と競っていたのは営業部長の席だ。営業部長がウロコ人間だったら、取引先も二の足を踏むに違いない。いや、課長職だって諦めざるを得ないのかもしれない。いっそのこと第一線の職種はすべて諦めて、裏方に徹すれば会社に留まれるかもしれない。二人の子供達の学費を工面するには、惨めな思いを堪え忍ぶしかないと、思い定めた。僕は大きく息を吐いて覚悟を決めたのだ。

  しかし、問題は家族だ。妻も子供達も、果たしてこんな姿になった自分を夫として、そして父親として認めてくれるだろうかか? 妻に対しては自信があった。これまでの二十数年という長い年月の積み重ねがある。喜びも悲しみも二人でわかち合い、互いに支え合って生きてきた。まして僕の性格の全てを認めてくれている。顔の美醜など問題にするはずがない。問題は娘だ。
  つい先だっても娘の部屋にノックもせずに入って行った。昔からそうしてきたからだ。娘は絨毯の上にあぐらをかいて、スマホを指でスライドさせながら言った。
「パパ、いい加減にしてよ。子供にだってプライバシーってもんが、あんのよ。ノックぐらいしてよ」
「すまん、すまん。つい昔からの癖でね」
「でー…?」
「でーって、何?」
「それで、何しに来たっていうわけ?」
「ちょっとお前の顔が見たくなっただけだよ」
「キモイー、その一言、鳥肌が立つ。いい加減止めてよ、ウザッタいんだから。もう見たんでしょう、早く出ていってよ
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