第二章 Alea jacta est ―災厄の乙女―
1 「東雲の風」
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「ああ。平気さ。ちょっと、動転しただけだから」
「そう…」
(なんだか、声を出さずに泣いているように、あたしは思えたけど)
エリザは歩く度風に揺れるナギの伸びた黒髪を見つめ、視線を落とした。ナギの頬は乾いていた。
「お!? 英雄のご登場だな!」
歓迎の言葉とともに村の男衆に拉致されたナギはがばがばと酒を注がれ、宴も酣になると流石にザルというわけではないナギは顔を赤くしながら機嫌よく笑っていた。その横ではカエンヌが村人と飲み比べをしている。
結局ナギのとなり席をカエンヌと鍛冶職人に奪われたエリザと汀は、2人で未成年用のジュースをちびちび伸びながら、昔の凪や、エリザが知ったあとのナギの話などをする。簡単に言えば、兄自慢と師匠自慢の応酬だった。
リーゼロッテは抱き合っていた(ある意味一方的に抱きしめられていた)シーンをカミラに見られ、ニヤニヤされながら色々いじったり要らぬ知識を吹き込もうとしたりするカミラの攻撃をなんとか避けていた。自分が結婚できないならもう恋のキューピッドになるほかあるまいと決意した30代(そろそろ三十路も卒業式が近い)の女性の行動力はすさまじい。
日はすっかり沈み、満月が我が物顔で夜空を占拠した頃には宴は終わり、酔いつぶれた男どもをたたき起こす奥方たちの怒声が聞こえてくるばかりとなった。へろへろの彼らはそれでも村の中央に並べてあるドスファンゴの大きな牙を勝利の象徴とし、手と手を合わせて喜び合った。目の前でナギの鮮やかな戦い様を見た幾人かは、興奮冷めやらぬ間にと熱く実演交えながら語り、子供達を大いに沸かせた。それが上位やG級でなくHR1だというのだから、正しく英雄のように感じたのも無理はない。子供達にとっても一般庶民にとっても、上位やそれ以上のランクのハンターはお貴族様と同列に扱うべき雲の上の存在で、またどうしてもそういった人物はこんな辺境の村を救ってくれるとは思えないのが普通なのだから。
本来人が恐るべき竜と協力して敵を倒すナギは、まるで物語の主人公のようだ。
まるで、仕組まれた、物語の。
その日ユクモ村は、夜半遅くになるまで人々の笑い声が消えることはなかった。
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