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王道を走れば:幻想にて
第四章、その8の2:迫る脅威
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的な笑みを零した。普段の軽妙な様とは正反対の暗い雰囲気に、ユミルは一瞬飲み込まれそうになる。
 抑揚を欠いた口調で彼女は続ける。昔の思い出についてであった。

「盗賊として彼方此方を回ってた時に、好きな人が出来たんです。牛を育てるだけの農夫だったんですけど、でも何故か好きになっちゃって。その人の気を惹こうと盗んだものをプレゼントしたりしたんですよ?で、何度か顔を合わせて話したりした時に、夕食に招かれたんです。私ったら凄い喜んで、普段しないおめかしまでして家に行ったんです。
 それで家で夕食を食べていたら、いきなり眠くなってきて・・・それで起きたら、笑えますよ、牛を屠殺する納屋みたいな場所で、その人に犯されてました。血の匂いが凄くきつくって・・・逃げようとしたけど、全然離してくれなくて・・・。だから朝になるまで我慢して、その後に納屋にあった鍬で・・・」
「もう充分だ。話さなくていい。・・・悪かった」
「いえ、大丈夫ですから・・・」

 どこまでも陰鬱な話であった。感傷的なままに辛い過去を話したからであろう、顔を直接見ずとも、パウリナが落ち込んでいるのが分かる。何とかして慰めてやろうと言葉を掛けようとした時、家屋の入口に兵士が現れる。場の空気を破るように彼は要件を告げた。

「ユミルさん。イル=フード様が御呼びです。会議に出席してほしいとの事です」
「・・・分かった。すぐに行くと伝えろ。・・・パウリナ」
「はい?」

 兵士の気配が遠ざかっていくのを確かめてから、さざ波に揺れる枯葉を拾うように、ユミルは出来る限り優しく声を掛けた。 

「盗賊を撃退したら、たくさん話そう。言いたい事があるのだろう?」
「・・・はい」
「俺も、お前に言いたい事がある。・・・元気を出せ」

 返事を待たないうちに、彼は背を向けて家を飛び出す。土と葉によって出来た絨毯を走っていく音。パウリナはごろりと寝台を転がって茶褐色の天井を仰いだ。その華奢な身体の中では鬱屈とした情念が蟠っては、彼女に感傷的な考えを巡らせた。
 パウリナは改めて己自身を見つめ直す。幾つ歳を取っても込み上げる感情を抑えるのは難しい。というよりも、これは自分自身にどこまでも付いてくる性質なのだと感じる。『自分を犯した男を殺したのは激情に駆られたからだ』。そんな思いすら頭の中を過ぎってくるのだから。
 ドツボに嵌ったかのようにマイナス思考となる自身に、パウリナは辟易としたくなる思いで一杯となる。瞼の上に被された己の腕が、やけに現実感を帯びているように感じた。


ーーーーーーーーーー


 心なしか、森を歩くユミルの足は何時もよりも早い。連れ添ってきた女性の気弱な姿を見て心が動揺を覚えていた。擦れ違う人達の訝しげな顔がユミルの背中を一瞥して、すぐに離れていった。

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