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愛しのヤクザ
第十七章 転勤
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なの?」
「そんなこと俺には分からねえよ。とにかく、常務が山本に早く処分しろって言ったそうです。そんでもって課長が電話かけてよこしたわけです」
「それが、あれか」
と投げ出された金庫を指差した。
「それが、あれでも、あれが、それでも、かまわねえけど、金庫なんてダイヤル知らなければ開けようがねえよ。支配人、そんなことより、山本の野郎が、ここに到着するまで25分しかありません。早くこの金庫を開けなければ」
「よし、俺に任せろ」
向井は手提げ金庫を持って事務所に戻り、自分の席にそれを置いて机の中をまさぐる。あったと言って取り出したのは聴診器である。
「支配人、いいもん持ってましたね」
「ああ、この間、隣のガラクタ市で買ったんだ。こんなにすぐ役立つとは」
と言って金庫に聴診器を当て、ダイヤルを回し始める。まるで専門家みたいで、林田もしばらく見ていたが、ダイヤルの回し方がぞんざいだ。林田が聞いた。
「支配人、右にいくつ、左にいくつ、って回すのはご存じですよね?」
「いや、知らない、なにそれ?テレビなんかで見たことあるけどカチって音がすればいいんじゃないの、違うの」
「支配人、どいてどいて」
うろ覚えだがいたずら程度に金庫の鍵をいじったことはある。向井に代わり聴診器をして金庫に向かい合った。林田は全神経を聴覚に集中させゆっくりとダイヤルを回す。かすかに音がするはずなのだ。額に玉の汗が浮かぶのが分かる。
 そろそろ銀行回りから石田が帰って来る頃だ。向井も何度も後ろを振り返り、石田の影に怯えはじめた。極度の緊張はしばしば人に無意味な行動を取らせるものなのである。向井は机の上にある佐川急便の伝票に勢いよく住所スタンプを押し始めた。
 パタンパタンとその音が響き、神経を張りつめていた林田がうんざりしたような顔で向井を見詰める。その視線にようやく気付いた向井は、自分の行動の意味を計りかね、じっと住所スタンプを見詰める。
「支配人、何やっているんですか?今、そんなことしたって始まんないじゃないですか」
「すまんすまん、妙に緊張しちゃって、あれっ」
向井の指差す方向を見ると、ガラス越しに石田の茶髪がゆれている。林田は手提げ金庫を個室に戻そうと立ち上がったが、すでに事務所のドアが軋んだ。金庫を林田の机の下に放り込み、二人は石田を迎えるための姿勢を整えた。

 石田が事務所に入ってゆくと、妙ににこやかな二人と向かい合った。普段なら無視する二人が笑って、お帰りなさいと声を揃えて挨拶する。石田はすぐに了解した。いよいよ本社で決定が下されたのだ。厨房は首になり、支配人は更迭、そして自分たちの権力は盤石
なものになったのだ。
 席に着くと向井が声を掛けてきた。
「石田課長、ちょっと話があるんだけど、ここではちょっと話しづらいから喫茶に行きましょう。銀
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